幼少期に思い描いたユートピアの探求。絵画、立体作品、音楽を通して表現されるナスマサタカさんの世界

茅ヶ崎の南湖通り沿いに「ナスナスショッピ」という看板の掲げられた、レトロで不思議な世界へと迷い込んでしまいそうな佇まいの建物があります。店内にはちょっぴりシュールな人形や絵画などが並んでいるのですが、見つめていると愛らしく、思わず手に取ってしまう、そんな中毒性のあるものばかり。

この作品を手掛けているのが「ナスナスショッピ」を拠点にアーティストとして活動するナスマサタカさん。定期的に開催される個展や企画展にも、毎回多くのファンが訪れています。人々を魅了する独特な世界観はどのようにして生まれているのか、ナスさんのもとを訪ねてお話をうかがってきました。

ナスさんの原点

川崎で生まれ、神戸で育ったナスさん。ミニカーやソフビ(ソフト塩化ビニール製の人形)などのおもちゃで遊ぶことが大好きな子どもだったといいます。

「お小遣いを貯めて駄菓子屋でソフビを買ったり、親と出かけた時にデパートでおもちゃを買ってもらったりするのがすごく嬉しかったんですよね」と少年のような笑顔で話すナスさん。この時のときめきが現在の作品づくりの根源にあるようです。

そんなナスさんが最初に夢中になったのが絵を描くこと。保育所の先生がナスさんの描いたカマキリの絵を誉めてくれたことが嬉しくて、絵を描くことが好きになったのだとか。

中学生になると、絵に加えてもう1つ、ナスさんを夢中にさせるものに出会います。それが音楽です。当時、シンセサイザーを用いたテクノサウンドで一世を風靡したYMOに衝撃を受けたナスさん。友人とともに双方の親を説得し、それぞれ1台のシンセサイザーを手に入れたのだとか。それからは音をつくり出すことが楽しくて、ラジカセで多重録音し、夢中で音楽をつくっていたそう。高校でも美術部に所属して絵を描き、友人とバンド活動をして音楽をつくる生活を送っていたといいます。

高校卒業後、アルバイトをしながら絵の道に進むか、音楽の道に進むか、それとも他に何かあるのだろうか…と悩む日々を送っていたナスさん。その中で、音楽でプロとして活動していくことは難しいと気持ちに整理をつけて、絵に携わる仕事をする覚悟を決めたといいます。

  • アクリルや水彩絵の具を用いて描かれた絵画作品。鮮やかな色彩とファンタジックな世界観が魅力的

アーティストになる決意

絵に携わる仕事を求め、デザイン事務所への就職を考えたナスさん。専門学校などでデザインを学んできた人が多い中、ナスさんは独学で描いた絵を持ち込み、見事採用。デザイン業界でのキャリアをスタートさせます。大阪、神戸といくつかのデザイン事務所を経験し、グラフィックデザインの他、イラストを描く仕事も担当するように。

デザイン事務所での仕事にやりがいを感じる一方、取引先からの発注に応じる形でデザインすることが多く、「自分の表現したいものを思いきり表現したい」という想いが募っていきます。その想いが溢れ出るように、週末になると自身の絵や立体作品づくりに没頭したといいます。

こうして制作した作品を知人の雑貨店などに置いてもらっていたところ、好評を博し取り扱い店舗を広げることに。お客さんの反応を見る中で自信をつけ、フリーのアーティストとして活動することを決意。関西でスタートし、その後茅ヶ崎に拠点を移して精力的な活動を行っていくこととなります。

  • フリーのアーティストになり、10年弱担当していたエスビー食品「星の王子さま」の広告作品

夢の中のような世界観を確立

フリーのアーティストとして活動するようになり、ナスさんの表現はより自由に、独自の世界観を築き上げていきます。現在のレトロでメルヘン、そしてシュールが共存する世界観はどのようにして生まれたのでしょうか。

意外にも絵を描き始めた頃は写実的なものが多かったというナスさん。作風を変えるきっかけとなったのが、ダリの絵との出会いだったといいます。シュルレアリズムの表現に衝撃を受け、今までの絵の概念が大きく変化したのだとか。さらに、シャガールの絵画や横尾忠則のアートと出会い、豊かな色彩感覚が刺激されることで、現在の独特の世界観が確立していくこととなったようです。

「僕の作品の根底にあるのは、見た人に笑顔になって欲しいという想いなんです。道端に咲いている花のような作品でありたい。そこに強いメッセージ性はありません」

  • ポリエステル樹脂を型取りして成型した立体作品の数々。トイピアノをベースに作ったショーケースに並ぶ姿が愛おしい

  • 吊り下げることのできる「ツリーライトハウス」は明かりが付くなどワクワクする仕掛けも

絵画、立体、音楽で表現するユートピア

絵画、立体作品に加え、音楽もナスさんの創作活動の大切なピースの1つとなっています。一度音楽づくりを辞めたナスさんが再度音楽を手掛けるようになったきっかけは、個展に訪れた人々の声でした。

とある会場で、作品展示に合わせて以前制作した音楽をかけてみたところ、ナスさんの世界観がより豊かに鮮明に浮かび上がる空間が生まれ、来場者からも「なんか可愛い」など様々な反応があったそう。その反応に、「そうか、これでいいんだ! こうして音楽で表現するのが自分のやり方だったんだ」と気づかされたといいます。

絵画、立体、音楽によって完成する温かくて懐かしい、可愛らしくシュールな世界観。それは、ナスさんが子どもの頃に遊んでいたもう1つの世界の探求でもあるといいます。

「僕の中に確かにあったユートピア、その場所へ行きたくて作品をつくっているんです。近いところまで行けたかなと思っても、やっぱり辿り着くことはできなくて…。だから、ずっと表現し続けられているのかもしれません」

  • ファンタジーの世界と誘う、不思議な造形と色彩が特徴的な作品

  • ショップにはナスさんが制作した楽曲のほか、dbmgnさんやSEATAθさんなどナスさんとつながりのあるアーティストの楽曲を収めたオリジナルCDを並べたコーナーも

  • 作ることの喜びを感じて欲しいと、個展や企画展のDM(ダイレクトメール)はペーパークラフトになっている

  • 折りたたむとミニ絵本になる仕掛けが施されている個展・企画展のDMも

茅ヶ崎という場所と創作活動

現在ナスさんがアトリエ兼ショップを構えるのが茅ヶ崎。この場所もナスさんにとって、創作活動を支える大切な要素だといいます。

「幼少期を神戸で過ごしたのもあって、海辺の街である茅ヶ崎は当時の記憶が呼び起こされる場所でもあるんです。その時に思い描いたあの夢のような世界に連れていってくれる海は、僕にとって“生みの親”。それに、いろいろな意味で昭和に出会える場所なんですよ」とナスさん。

“いろいろな意味で昭和に出会える”とはどういうことなのでしょうか。

「川から海につながる辺りには、数十年前のソフビのおもちゃや食器用洗剤のボトルなどが流れてくるんですよ。どこかに絡まっていたものが大雨などで流れてくるんでしょうね。それから、長い年月をかけて削られたシーグラスなど、海にはその時代を感じられるものが多くあるんです」

変わらない風景、“あの時代の暮らし”を感じさせる海は、ナスさんを一瞬にして少年時代へ誘ってくれる場所であり、第2のアトリエとなっているようです。

  • アトリエ兼ショップの中も昭和を感じさせる代物が多く見られ、ナスさんの創作意欲を掻き立てる空間に

現在のアトリエは、もともとは理・美容室だった店舗を改装してつくったもので、作品を直接購入することもできるショップにもなっています。

「アーティストが自分で売るということについて批判的な声もあるかもしれません。ただ、個展が毎回できるか分からないし、自分の表現ができる場所をつくることは大事なことだと思うんです。お客さんとつながることができる、それも嬉しいですね」とナスさん。

アトリエ兼ショップには、全国で開催している個展やInstagramでナスさんの作品を知った方が、県外、時には海外からもやってくるのだとか。取材時にも長い時間車を運転してやってきたお客さんの姿がありました。作品に触れ、ナスさんにその物語を聞くことで童心に返っていく…そんな場所になっているようです。

  • 8ヵ月かけてつくりあげたアトリエ

  • 茅ヶ崎で古くから愛されていた銭湯が閉業した際に譲り受けたロッカーをDIYしショーケースに

終わることのない探検

来年でアトリエ兼ショップ「ナスナスショッピ」は10周年を迎え、アーティスト活動としては28年目となるナスさんですが、その創作意欲は留まることを知りません。

「作りたいものが多すぎて困るんですよ(笑)。まずはミニカーをもっとつくっていきたいですね。現在5型を制作したんですが、自称・世界最小のミニカーメーカーとして、もっともっと型数を増やしていきたいです。あとは絵本をつくりたいですね。“これだ!”という物語が生まれた時に世に出せればと思っています」とナスさん。

幼少期に大好きだったミニカーを自身の手で手掛け、その頃に思い浮かべていたユートピアでの物語を探し続けているナスさん。そんなナスさんの世界に、多くの人々が子どもの頃のように迷い込みたいと願うのかもしれません。

  • ナスさんのつくり出したミニカーメーカー・ナスカ5型目となる「クマクマサンカー」

  • 近所の子ども達もお小遣いで楽しめるようにと、ご自身の作品を詰めたガチャガチャや自販機も設置

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