湘南で暮らす人々

ガラスの向こうに広がる無限の宇宙。ガラスアーティスト・ノグチミエコさんが創る神秘的な世界

藤沢市菖蒲沢、県道42号藤沢座間厚木線のほど近くにガラス工房「FUSION FACTORY 野口硝子」があります。こちらの工房の主宰者であるノグチミエコさんは、優れた技術者・技能者として市より贈られる「藤沢マイスター」にも認定されているガラスアーティストです。

ノグチさんの代名詞ともいえる作品が、球体の中に広がる宇宙を表現したガラスアート。その神秘的な世界は多くの人を魅了しています。ノグチさんがどのような人物なのか、どのような場所から作品が生まれているのかを知りたくなり、工房を訪ねてみました。

女性が活躍する、熱気に包まれたガラス工房

作業場に入ると、炉には火が入り、ガラス作品の制作が行われていました。真っ赤な炉の中に熔解したガラスを出し入れし、成形していく様子は見事で、アーティストの皆さんの熟練した技術を感じます。

工房で働く7名のスタッフは皆さん女性ですが、特に限定しているわけではなく、自然の成り行きで女性の集まりになったのだとか。「力仕事などもすべて、女性がやっています。特にジェンダーの差なんてありませんよ」とノグチさんはいいます。

  • ガラスアーティスト・ノグチミエコさん

  • 取材時にはお腹に赤ちゃんがいるスタッフの方も(執筆中に、無事赤ちゃんが生まれたとのご報告が!)

ガラスの魅力に憑かれて

ノグチさんは神奈川県横浜市の出身。自然の中を走り回り、絵を描くのが好きな子どもだったそうです。ノグチさんがガラスに魅せられたきっかけは、そんな子ども時代に海岸で拾った“ガラス石”だったのだとか。自然がつくり出した、ガラス石の美しさに感動したことを今でも鮮明に覚えているといいます。

ガラスに魅了されたノグチさんは、デパートで開催されていたガラス作家の展示会へ。さまざまな作品に触れ、ガラスを使って自由な造形ができることに衝撃を受けたといいます。

その後、武蔵野美術短期大学へ進学して工芸を学び始めます。そして、学内ではガラスサークルを自ら立ち上げるなどしてガラスへの情熱を募らせます。

  • 熟練の技を披露するノグチさん

ガラスアーティストの道へ

ガラスアーティストの道へ進むことを決めたノグチさんは、武蔵野美術短期大学卒業後、横浜のガラス工房へ就職。10年間の経験を積んだ後、独立を果たします。最初の工房は藤沢市辻堂だったそうです。当時の辻堂は「大型商業施設テラスモール湘南」ができる前でガランとしていて、そこがよかったとノグチさん。

「何もないところから何かを作るのは楽しいじゃないですか。駅の反対側には海が広がっていて、そうしたロケーションも気に入りました」

その後、菖蒲沢へ工房を移し、ガラスアーティストとして活動すること10年。ノグチさんの作品は多くの人の目に触れ、湘南の優れたアーティストとして認知されています。

  • 作業が行われている工房内。ここから作品が生まれる

  • 市内の学校にて講演会も行うノグチさん

大変であり、楽しいガラスアート

竿の先に付いたガラスに息を吹き込んで膨らませる“吹きガラス”はよく知られていますが、ノグチさんの作品は溶けたガラスを積層し、成形することで創り出すもの。

「ガラスはある温度帯で水滴みたいに寄せ集まる性質があります。温度がそれ以上になると、今度は遠心力で広がっていきます。そうしたガラスの性質を利用しながら球体の作品に仕上げていきます」とノグチさん。

夏の時期には工房内は50度近くにもなり、炉の近くでの作業は体力的にも相当にきついもの。ただ、大変なのは暑さではないとノグチさんはいいます。

「暑さには馴れてくるものです(笑)。本当の苦労はガラスが思った形になるまで時間がかかることだったり、期待した色にならなかったりすることです。ただ、そこに楽しさがあります」

  • 繊細な作業を要するガラスアート

  • 炉の近くでの作業は暑さとの闘いで、体力も必要な仕事

ノグチさんが映し出す美しき世界

ノグチさんの作品はガラスの球体の中に宇宙のような世界が広がっているところに特徴があります。銀河のようにきらめく星々、美しく輝く青い地球、大きな輪を広げた土星…。壮大な宇宙が小さなガラスの向こうに展開しています。

「私は宮本武蔵の『乾坤(けんこん)を其侭(そのまま)庭に見る時は我は天地の外にこそ住め』という詩が好きなんです。これは武蔵も勉強していた禅の思想からきていると思うのですが、科学のない時代に宇宙の広さを遠くから俯瞰して見るというその目線、感覚を表現したくて、宇宙の作品を創るようになりました」とノグチさん。

  • いくつもの宇宙がきらめいている

  • 宇宙の成り立ちを表現した作品

最近では、新たな視点での作品づくりも行っており、ここ数年は古墳を題材にした作品などを制作しているそうです。現在取り組んでいるのは前方後円墳をテーマにした作品なのだとか。

さらに、大自然の光景をガラスの奥に表現した作品づくりも行っています。例えば、ガラスの中に緑と滝が広がる作品は、色彩豊かで、木々の葉の質感や水しぶきの躍動感などが繊細に映し出されており、その美しさにはため息が出ます。

「一貫して私が表現したいのは自然に対する敬意や畏怖の念なのだと思います。それは神道や仏教の世界とも繋がるものだと思います」とノグチさん。

  • ガラスの中に滝を表現した作品

藤沢マイスターに選ばれるノグチさんの技

ノグチさんの生み出す作品は多くの人々を魅了しており、活動の幅も広がりを見せています。欧米やアジア諸国の展示会や、インドネシアでのチャリティーイベントへの出展、さらには日本とASEANの友好協力45周年記念品の制作なども手掛けています。こうしたノグチさんの功績と技術は高く評価され、2018年に藤沢市が選ぶ「藤沢マイスター」にも認定されています。

「自分ではまだ早いと思っていたのですが、推薦してくれる方がいて、お受けすることにしました。海外でチャリティーなどを継続して行っていたことを評価していただけたのは嬉しかったですね」とノグチさん。

ノグチさんは現状に満足することはありません。多彩な世界をつくり出すため、さまざまな表現に挑戦し、さらに高い技術を身に付けているといいます。今後もアーティストとして、ますます注目を集める存在になっていくことでしょう。

  • 藤沢マイスター認定の式典にて鈴木恒夫藤沢市長と

  • 藤沢マイスターの楯

個性豊かなスタッフたち

ノグチさんの工房のスタッフには、ノグチさんのように作品づくりを行う“アーティスト”、そしてグラスなどのクラフト(実用品)を作る“職人”、さらにどちらも手掛けている方もいるのだとか。ノグチさんは、スタッフに手取り足取り教えることはしないといいます。

「アートとして創作するときは私と同じものではなく、私が見たことがないようなものを創ってほしいですからね。あくまで知識を伝えるようにしています」とノグチさん。

工房では個性豊かなスタッフが、それぞれの感性で作品を生み出しているようです。最後に、スタッフの方にも少しお話をうかがってみました。

  • スタッフたちと

  • 工房の一角にある展示スペース

1人目は新卒で工房へ入り、働き始めて4年目の小林利華さん。北海道生まれの彼女はタコをモチーフにした作品を創っています。

「ガラスは水飴みたい。制作中に柔らかく動いていて、その柔らかさが好きです」と小林さん。タコの柔らかさを表現するのにガラスはまたとない素材のようです。

「工房では、自分の作品づくりの時間も持て、展示会に出展することもできるので、やりがいを感じられます。将来は自分の工房を構え、作家として独立できればいいな、と思っています」と小林さんは目標を話してくれました。

  • 小林利華さん

  • タコをモチーフにした小林さんの作品

2人目は、大学でガラスを学び、別の工房で経験を積んだ後にFUSION FACTORYのスタッフとなった広田ちゆきさん。ガラスの魅力を「他の素材にはない透明でキラキラしたところ」と表現する広田さんは、フルーツをモチーフにした器を創っています。

そんな広田さんが心掛けているのは“普段の生活で使うような器”をつくること。現在は産休中ですが、これからも生活に寄り添った作品づくりをしていきたいといいます。

  • 広田ちゆきさん 

  • フルーツをモチーフにした広田さんの作品

3人目は、大学卒業後にガラス会社に入社し吹きガラスを学んだという田中洋代さん。ノグチさんとの付き合いが長く、お互いの気持ちを理解できるほどの関係なのだとか。
 
「私はたたき上げの職人気質です」と話す田中さんは、モノ作りがしたいとこの世界に飛び込んだそう。田中さんは独自の世界観を持ち、器などのクラフトからアート作品まで広く手掛けています。今後は「空や海など、自然の風景をガラスで表現していきたい」といいます。

ノグチさんをはじめ、個性豊かなスタッフの皆さんが互いに高め合いながら作品づくりを行っている「FUSION FACTORY 野口硝子」。彼女たちの活躍に今後も注目です。

  • 美しさと実用性を兼ね備えた田中さんの作品

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