鎌倉在住の版画家・石川真衣さんが創造する“可愛さ”と“強さ”が共存する世界

「私にとって版画制作は、愛犬へのレクイエム(鎮魂歌)です」――そう話す鎌倉在住の版画家・石川真衣さんの作品には、「犬」と「女の子」という永遠のテーマが存在します。

緻密で繊細な幾重もの線が紡ぐ愛犬「レオ」と女の子「牡丹ちゃん」の物語。幻想と耽美の世界で息づいている1匹と一人は、観る者を捉えて離さない不思議な魅力を持っています。

この独特な世界観を生み出す石川真衣さんとはどのような人物なのか、緑豊かな鎌倉にあるアトリエを訪ねてみました。

  • 版画作家・石川真衣さん

動物との暮らしが創作活動の原点

アトリエで出迎えてくれたのは、アヒルの「ヨバン」とゴールデンレトリバーの「エース」。真衣さんの大事な家族であり、作品のモデルでもあります。

動物好きだったお父様の影響で、幼い頃から動物に囲まれて育った真衣さん。「1人につき1ペット」という独特な家のルールがあり、自然と動物の世話に責任を持つことになったそうです。

真衣さんには、子どもの頃、もう1つ夢中になっていることがありました。それが物語の世界を絵で綴ること。

動物と共に暮らす日常の中で、当時飼っていたゴールデンレトリバーの「レオ」と自分を主人公とした物語を、暇さえあれば描いていたそう。レオは真衣さんにとって創造の原点でもあり、とても大きな存在だったといいます。

「まだ幼かった私から見たレオは、他のどの犬よりも大きくて、犬とは違う、何か神聖なものを感じていたんです。レオはペットではなく、王子様のような特別な存在でした」

真衣さんの作品に登場するレオは、ときに半人半獣の姿として登場し、女の子に寄り添っています。当時、書き溜めたレオとの物語は、今も作品のプロットとして欠かせないものとなっているのだそう。版画制作をするということは、まさに特別な存在である「レオ」にレクイエムを捧げることでもあり、未だに彼の魂を探し続けることでもあると真衣さんは話します。

  • ヒナから育てたアヒルのヨバン(2歳・♀)。散歩から帰ると自分からお風呂に入るのだとか

  • 真衣さんの作品にも登場するゴールデンレトリバーのエース(9歳・♂)

セーラームーンに憧れた子ども時代

真衣さんの作品に登場する“可愛さ”と“強さ”を備えた女の子「牡丹ちゃん」は、子どもの頃に憧れを抱いたあるアニメのキャラクターが源にあるといいます。それは世界中でも高い人気を誇るアニメ「美少女戦士セーラームーン」。

真衣さん曰く、セーラームーンは“宇宙”であり“母性”そのもの。同アニメ初の劇場版となる「セーラームーンRの劇場版」は真衣さんの作品に特に強い影響を与えることになったといいます。この映画でキーワードとなるのが、母性のメタファーとして登場する「赤い薔薇」。こうしたシンボリックな描写は真衣さんの作品にも見られ、独特な世界観をつくり出しています。

深いメッセージを込めて丁寧に描かれた「セーラームーンRの劇場版」のように、“何度でも見返したくなる作品”をつくりたいと日々制作にあたっているそうです。

  • 真衣さんの一部でもある「牡丹ちゃん」(vampire’s story リトグラフ 2017年)

真衣さんの世界を映し出すリトグラフ

お母様が美術教師だったため、ご実家には版画を制作するプレス機があり、真衣さんにとって版画は身近なものでした。そうした環境の中で、真衣さんは「リトグラフ」という技法を用いて作品制作を行うようになっていったそう。

リトグラフとは、版を彫ったり削ったりするのではなく、平らな版にインクののる部分とのらない部分を作って転写する技法です。

 

  • 水と油が反発する性質を利用する彫らない版画「リトグラフ」で制作された作品

リトグラフでは、石灰石やアルミ板に、クレヨンなど油性の画材で直接描き、硝酸を加えたアラビアゴム液を塗って版上に化学反応を起こします。その版を水で濡らすと、描画部は水をはじき、それ以外は水を吸収した状態に。その上にローラーで油性インクをつけると、描画部にだけ油性分を含んだインクがのるので、そこに紙をのせて転写させるという技法です。カラーのリトグラフの場合は、必要な色の数の版を作り、重ねて刷り上げていきます。

リトグラフの最大の魅力は、描いたままの線がそのまま活かされ、オリジナル作品が持つ雰囲気を忠実に再現できること。緻密で繊細なタッチと淡い色味が特徴である真衣さんの作品は、リトグラフの利点を最大限に活かして制作されたものであることがわかります。

  • 繊細な描写によって真衣さんの世界観が映し出されている

  • プレス機での印刷は力の要る作業

アートを身近に感じてほしい

値が張るイメージのあるアート作品。作品に触れていたいけどさすがに購入は…と躊躇される方も多いのではないでしょうか。

真衣さんは「アートを身近に感じてほしい」「インテリアを変えるようにアートを変える生活を楽しんでほしい」との想いから、多くの人が手にすることのできる価格に抑えて自身の作品を販売しています。

また、真衣さんは情報発信も積極的に行っています。InstagramやYou Tubeチャンネルを開設して個展情報や作品の背景、プライベートな生活の様子を積極的に発信しています。

自分のことを「アーティスト兼営業係」と話す真衣さん。版画家・石川真衣と作品を知ってもらう活動を積み重ねてきたことが今につながっているといいます。

今年1月に恵比寿(東京都)で開催された個展では、アニメ「あらいぐまラスカル」45周年記念のコラボレーション作品を発表するなど、その活動の幅は広がっており、9月には関西でも個展の開催が決まっています。

  • 色の滲みが美しい真衣さんが描く「あらいぐまラスカル」© NIPPON ANIMATION CO., LTD. Artwork by Mai Ishikawa

人々の中で紡がれる物語の続き

ご自身の内面に湧き上がる感情を繊細に、時にシンボリックな表現を用いて映し出すことで、見る人の精神世界と融合し、息づく真衣さんの作品。それは、人々の“身近な”アートでありたいという真衣さんの根底にある想いから生まれているものであるように感じました。

新しいことに挑戦し続ける版画家・石川真衣さん。愛すべきもの達に囲まれた鎌倉での生活を通して、今後も魅力的な作品が次々と生み出されていくことでしょう。

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