路地裏の古民家本屋「つきやまBooks Arts & Crafts」の行うコミュニティ活性化と豊かな暮らしの提案

大磯駅近くの路地に数軒の古民家を改装した店舗が建つ、懐かしくも洒落た空間があります。その中心にあるのが本とクラフトが並ぶ「つきやまBooks Arts & Crafts」。同店は、数多くのクラフトやフードの店などが集まり賑わいを見せる首都圏最大級の朝市イベント「大磯市(いち)」に参加する作家のための常設店としてオープンした場所なのだとか。

ギャラリーや活版印刷の文化を体験できるスペースも併設されており、湘南エリアで活動する作家がモノづくりを発信する場所、文化の発信地にもなっているようです。この場所に込められた想いについて、同店の管理・運営を行うデザイン事務所「AUI-AO Design」の佐藤一樹さんにお話をうかがってきました。

大磯市での出会いから始まった活動

佐藤さんはデザイン事務所「AUI-AO Design」でアートディレクター・グラフィックデザイナーとして活動しながら、「つきやまBooks Arts & Crafts」の管理・運営を行っています。佐藤さんの事務所は「つきやまBooks & Arts Crafts」の2階部分にあるのですが、不思議な縁で同店のオープンに携わり、管理・運営を行うことになったのだとか。

その縁は、2011年に佐藤さんがデザイナーとして紙雑貨を製作し、大磯市に出展したことに始まります。2011年は、佐藤さんがデザイナーとして個人での活動を開始した年でしたが、東日本大震災の影響ですべての仕事がストップ。そんな中で、幼少期を過ごした大磯に戻った佐藤さんは、まずは行動を起こさなければと2010年から開催されていた「大磯市」への出展を決めたそう。

そこで出会ったのが、「大磯市」の発起人でもあるNPO法人「西湘をあそぶ会」代表の原大祐さん。「大磯市」に参加する中で、親交を深めていきます。2014年、そろそろ自身の事務所を構えようかと考えていた佐藤さんは、原さんからある提案を受けます。

大磯市は地元の作家(クリエイター)にとって、貴重な発表の場となっているものの、月1回の開催。そこで、より多くの人に発信できる場として常設店を設けたく、常設店の2階を事務所としながら管理・運営を行ってはもらえないかという提案だったそう。こうして佐藤さんは「つきやまBooks Arts & Crafts」のスタートから管理・運営者として携わるようになったといいます。

  • 店舗に作品を置く作家5人と佐藤さんで共同運営し、日替わりで店番を行っている

文化を楽しみ、作家と人々が交わる本屋

「つきやまBooks Arts & Crafts」は“豊かな暮らし”をコンセプトにモノ・コトを提供しているといいます。暮らしの基本である“食”にスポットを当て、本や絵本も食を主軸にセレクトし、クラフトでは食を彩る器などを並べています。そして、同店の隣には「茶屋町カフェ」も併設し、食の時間を楽しめる場所づくりを行っています。

以前は大磯市に出展したことのある作家のクラフトのみを店舗に並べていたそうですが、クラフトに馴染みのない人も含めてもっと多くの人が気軽に来られて、作家と触れ合える機会を持てる場所にしたいと2021年に本屋を軸にリニューアルをしたのだとか。

「文化のある町には本屋は必要なものです。ただ、普通に本屋をやるのでは面白いと思っていただけない。そこで、コンセプトを明確にしつつ、そこから広がるような提案ができればと現在の形にしたんです」と佐藤さん。

  • 世界の料理、発酵食品など、食にまつわる書籍がセレクトされている

  • 絵本も食をコンセプトにラインアップ

  • 器は小田原市のギャラリー「うつわ菜の花」がセレクトしたもの

  • 「茶屋町カフェ」も隣接し、食事やお茶を楽しむことができる

「つきやまBooks Arts & Crafts」の1階は、書籍や器を販売するスペースとなっています。棚の一角には“つきやま小書店”という区画があり、こちらでは個人や店舗が棚借りをして本を売ることができるようになっているのだとか。出版社に勤める方が自身の会社の出版物を置くといった使い方もあれば、中には遠方にある大好きな書店に直接交渉し選書してもらった本を並べている方もいるそう。

さらに、2022年からは、つきやま小書店を街全体に広げたようなユニークな取り組みも行っているといいます。それが、大磯のまちなかにある店舗に、自身が影響を受けた本やおすすめしたい本などを置いてもらう「大磯ブックマルシェ」というイベントです。

「好きな本を見るとその人の人柄や考え方などに触れることができて面白いじゃないですか。また、自分では選ばない本に出合える楽しみもあるかなと思うんです」と佐藤さん。

2023年5月13日、14日には第2回「大磯ブックマルシェ」を開催予定とのこと。大磯の町を歩きながら店舗を巡り、本を探す旅に出かける。町を巻き込み、大磯という土地および暮らす人々の魅力、そして豊かな文化を感じられるイベントとなっていきそうです。

  • 棚を借りて自分の本屋を開店することができる“つきやま小書店”という区画

作家が“気軽に”かつ“発信したい”場所に

「つきやまBooks Arts & Crafts」の隣には「GALLERY お風呂場」というギャラリースペースがつくられています。なんでも、もともと古民家にあった風呂場を改装したものなのだとか。同スペースでは、季節ごとの企画展や、作家の持ち込みによる展示会を行っています。クラフト作品を店舗に常設している作家以外にも、気軽に発信できる場を提供したいという想いから、設けた場所だといいます。

企画展を行う際には、新たな刺激となるよう、湘南エリアの作家に限定せず、全国の作家に声を掛けているのだとか。2023年には、書籍・雑誌・広告の挿絵やパッケージデザインから酒や食などに関するエッセイの執筆まで幅広い活動をされている画家・牧野伊三夫さんの企画展を開催することも決まっているそう。

「素敵な作家さんに企画展をしていただくことで、多くの方がこの場所を知ってくださいますし、作家さんにとっても作品を発表したいと思える場所になると思うんです」と佐藤さん。

展示は2週間ごとに入れ替え、来るたびに新たな出会いがある場所にしているのだとか。こうした取り組みから定期的に訪れる方も増えており、作家と人々が交わる場となっています。

  • 取材時は季節に合わせて3名の作家によるクリスマス関連の作品展示が行われていた「GALLERY お風呂場」

モノづくりの文化・技術を伝える

店舗の企画・運営などで手腕を発揮する佐藤さんですが、本業は書籍や雑貨など紙媒体のデザインから、店舗のブランディングまで幅広く手掛けるデザイナー。「つきやまBooks Arts & Crafts」の2階は、佐藤さんのデザイン事務所「AUI-AO Design」となっています。

ただ、こちらの事務所は単なる仕事場ではなく、活版印刷の文化やその良さを再認識してもらえる場「大磯活版発信室」として開放されているのだとか。事務所の一角には活版印刷機が置かれており、古くからの印刷方法である活版印刷で名刺を作成することもできるそう。また「AUI-AO Design」が活版印刷によってデザインした紙雑貨も並べられており、購入も可能です。

活版印刷もそうですが、新たな技術の登場により失われつつある優れた文化も多くあります。こうした技術・文化の継承を行うことも次世代の文化を豊かにするために必要なことだと佐藤さんは話します。

「デザイナーは新たなモノを作り出す職業です。なので、変化には積極的になるべきです。ただ、先人が築き上げてきた文化をリスペクトすることが必要だと思うんです。技術や文化を知っていてそのうえで変化を起こすことはイノベーションとなりますが、無知で不用意に変えてしまうことはそうではない。だからこそ、技術や文化の継承は大切なことだと考えています」

モノづくりの発信地として、大磯活版発信室を通して、優れた文化・技術を楽しみながら知ることの提案も行っています。

  • 実際の活版印刷機に触れ、名刺づくりを体験することができる

  • 活版印刷の特徴を生かしたオリジナル紙雑貨も販売。自費出版での書籍製作なども受け付けている

暮らす町、そして生み出す町へ

「つきやまBooks Arts & Crafts」は空き家となっていた古民家を改装してつくられた場所。大磯には文化的価値があるにも関わらず、少子高齢化によって空き家となっている物件も多くあります。こうした空き家を活用したモデルの1つになればという想いもあったといいます。

現在、近隣だけでなく遠方からもSNS等を見て知ったという方々が来店している同店。町の中に新たな風がもたらされたことで、大磯には特色ある店舗が増え、多くのクリエイターが移り住むなど、盛り上がりを見せています。

自然も豊かで、個人店が多く、町の人々のつながりも強い大磯は、昔ながらの生活ができる場所。この環境はモノづくりにとても適していると佐藤さんは話します。

「自然は作家にインスピレーションを与えてくれます。また、この町では個人店が多いので、夕食の準備をするために魚屋、肉屋、八百屋を回って人々と触れ合うことができます。店主と“この食材はどうしたらおいしく食べられるか”なんて話をしてあれこれ考えて工夫してみる…不便ではあるかもしれないけど丁寧な暮らしですよね。そんなふうに、心の豊かさを保ちながら生活をすることで、良い仕事ができるんじゃないかと思うんです」

利便性や効率と引き換えに、失ってしまった本来の豊かさ。そんな人間らしい暮らしを求めて、多くの作家がこの地にやってきているのかもしれません。

  • 古民家の持つ価値を活かして改装した店舗

移り住む人々が相談できる窓口となりたい

町の人々とさまざまな形で交流し、多くの情報が集まる場所として機能している「つきやまBooks Arts & Crafts」。今後は、町の人々はもちろん、移住を考えている人々に向けても大磯という町での暮らしを提案・サポートする場にもなっていきたいと佐藤さんは話します。

「駅に近いこともあり、最初にここへ立ち寄って、町について聞いてくださる方もいらっしゃるんですよ。大磯の入口として、暮らしについて相談できるような場所になれたらいいのかな、なんて思っています」

作家と人々の接点となり、町内と町外の人々が交流する場となり、大磯という町で生産する1つのロールモデルとなってきたこの場所から、また新たな風が吹くことになりそうです。

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