能楽師の庭で楽しむ幽玄の美 逗子アートフェスティバル2024 「能楽花宴」~能の庭へようこそ~

逗子市民と市が協働で毎年開催し、12年目を迎える「逗子アートフェスティバル2024(ZAF2024)」。今年も「アートのよはく」をテーマに、市内各所で映画上映や展覧会など25のイベントが行われました。中でも逗子市在住の能楽師、熊谷眞知子さんが自宅の庭で開催する「能楽花宴」では、演目の一部が実演で見られると聞いて取材しました。

逗子アートフェスティバル(ZAF)は、逗子市で2013年から開催されているアートイベントです。アートを通じた地域コミュニティーの形成と移住促進を目的としています。眞知子さんは、自由企画の募集に応じて初参加しました。

  • 開催期間中は、逗子市内各所でアートイベントが開催される

風が吹き抜ける、緑豊かな庭で能を鑑賞

会場は、夫の伸一さんが長年手入れを続けている自宅の庭で、まちなみデザイン逗子賞への推薦を打診されたこともあるそうです。木々の間を風が吹き抜ける、涼しい庭です。

  • 木々を舞台とする演目「野宮」にぴったりの庭

能で楽しむ源氏物語の世界

演能が始まりました。演目は源氏物語を題材にした「野宮(ののみや)」です。舞台は京都の嵯峨野にあった野宮の旧跡。主人公は光源氏との恋に拘りを捨てきれない女性、六条御息所(ろくじょうみやすどころ)の亡霊です。

旅の僧侶が黒木の鳥居近くを訪れると、木陰から御息所の霊が現れて深い思いを語り、やがて消えていくという幻想的な物語です。

能のハイライト部分を抜き出して能装束を着けて舞う形式で、同じく能楽師の伸一さんがストーリーテリングに当たる「謡(うたい)」をうたいながら進めます。

演技が始まると眞知子さんの表情がキリッと引き締まり、客席から「かっこいい」とささやき声が聞こえます。伸一さんの謡が響く中、白い布を敷いた4畳ほどの舞台を摺り足で進み、向きを変え、回り、最後に鳥居の前で扇を開いてクライマックスを迎えます。

ふっと消えるように演技が終わると、眞知子さんはほっとしたような笑顔で観客に一礼し、会場は盛大な拍手に包まれました。

  • 演者の息づかいが聞こえる距離で能を鑑賞できる、ぜいたくな時間

「世襲ではなく、能楽師になる道がある」夫のクラブ活動をきっかけに夫婦で能の世界へ

眞知子さんが能に興味を持ったきっかけは、夫の伸一さんが始めたクラブ活動でした。

「昔は、田舎では結婚式の際に能の謡をうたい交わす風習がありましたが、私は謡えませんでした」と伸一さん。たまたま勤め先の会社に能クラブがあり、入部。次第に能楽にのめり込み、今では能楽協会(東京支部)に所属する能楽師として活動しています。眞知子さんも続いて能の道を歩くことになり、能楽協会(名古屋支部)に所属し活動しています。

  • 写真中央の扇は仕舞で使う鎮扇(しずめおうぎ)、左は「若女(わかおんな)」と呼ばれる面

  • 左の衣装は縫箔(ぬいはく)、右は唐織(からおり)。室内には能の装束や能面、扇などが展示された。

余計なものをそぎ落とし、心の深層に向き合う。「能は芯から内面に触れる芸能」

習い事から始めてプロになるほど能にのめり込んだお二人ですが、何にそこまで惹かれたのでしょうか。それぞれに能の魅力をお伺いしました。

眞知子さん:能にはダンスのような自由な振りはありません。型を基本にした単純な所作で深い心の動きを引き出します。一見制約が多いようですが、不思議と表情が出ます。余計な動きや表情をそぎ落とし、残った芯が引き立つような動きで登場人物の内面をあらわにしていくところが魅力的です。
また、役者や一緒に演じる囃子方によって違った舞台になりますし、同じ人でも日によって違います。毎回、一期一会で変化があるところも面白いですね。

伸一さん:仕事の合間に能を始めたのですが、能の稽古に真っすぐに向き合わないと仕事がうまくいかず、逆に仕事に真っすぐに向き合わないと能もうまくいかなくなっていきました。
能は心の深層部分に働きかける芸能です。何をするにも根本は心ですから、能を真剣に取り組むことで他の事もうまくいくようになったのだろうと思います。それで、止められなくなりました。

  • 演技を終えて笑顔の眞知子さん「ぜひ能の心を知ってください」

気軽に伝統芸能が見られる、地域の文化力

庭で地元の人たちと鑑賞する能は楽しく、どこか懐かしさも感じました。結婚式の謡のように、誰もが日常で能を体験していた頃の雰囲気はこのような感じだったのかもしれません。何より、無料で本物の伝統芸能が体験できる、逗子の文化的な豊かさに市民の底力を見た気がしました。

「逗子アートフェスティバル」は、来年も開催される予定です。

  • 会場は立ち見が出るほどの盛況ぶり

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