大磯の自然から生まれる「福月洋装店」の“こころがおどる洋服”

JR大磯駅から海へ向かう道沿いに「福月洋装店」という暖簾のかかった古民家があります。店内に入ると、ナチュラルテイストの優しい色合いと素材感の洋服が並んでいます。海辺の町でさらりと着たくなる、フランスの郊外の風景が浮かぶような上品なスタイルは、大磯という町にしっくりくるデザイン。

これらの洋服のデザイン・パターン・縫製はすべて店長の佐藤桃子さんが手掛けているそう。佐藤さんのご主人もデザイン事務所を経営し、大磯の人気書店「つきやまBooks Arts & Crafts」の管理・運営を行うなど、ご夫婦でモノづくりを通して地域を盛り上げています。‟こころがおどる洋服”を届けたいという佐藤さんの想い、そして夫婦で大磯という町でモノづくりをすることへの想いをうかがいました。

袖を通した時に“ときめく”洋服

佐藤さんの洋服は、フレンチカントリースタイルを思わせる温かで可憐なデザインが特徴的で、風になびく姿が美しいワンピースやエプロンドレスなど、着用することでその洋服の魅力が存分に発揮されるようなつくりとなっています。また、アースカラーを中心にしつつ、鮮やかなカラー展開も加え、自然との調和や色彩の美しさを楽しめる点にも特徴があります。

「福月洋装店」のテーマとして“こころがおどる洋服”を掲げる佐藤さん。

「洋服づくりをするうえで大切にしているのが、着用した時に楽しくなったり、気分があがったり、そんな洋服をつくること。ベーシックな中にも少しひねりのあるデザインを取り入れて、袖を通した時のときめきをお届けできたらな、なんて思っています」

  • Aラインの美しいシャツワンピース。深みのある赤色で日常のシーンを彩る一着に

デザインの中には樹木や波をイメージしたピンタック(ピンのように細く縫ったひだ)が施されているものも。こうしたデザインは、大磯の恵まれた自然の中で生活することで浮かんでくるところも大きいようです。

「大磯という町はモノづくりをするうえで、とてもいい環境なんです。自然の中でクリエイティビティが刺激されることもあるし、ゆったりとした場所なので創作活動にもじっくりと取り組むことができますからね」と佐藤さん。

こうした環境を求めて、近年、大磯には多くの作家が移り住んでいるといいます。実は佐藤さん自身も、大磯で作家として活動する方々に出会う中で刺激を受け、モノづくりに挑戦する決意をされたお一人なのだとか。

  • 波をイメージしたピンタックが施されているワンピース。裾が後ろにかけて長く、風に揺らめくようなデザインとなっている

作家との出会いから洋服づくりの夢を現実に

服飾専門学校を卒業後、横浜でユニフォーム製作を手掛ける会社で働いていたという佐藤さん。当時はカタログやイメージビジュアル、デザインの全体的な方向性の立案など企画・制作の仕事をしていたといいます。

そんな中、ご主人がデザイナーとして独立し、ご主人が幼少期を過ごした大磯に2人で移住。ちょうどその頃、大磯全体を市(いち)にしようという「大磯市(いち)」が開催されるようになり、ご主人の出展を手伝う形で佐藤さんもイベントに参加することに。もともとパタンナー志望だったという佐藤さん。「大磯市」での様々な作家との出会いが、ご自身の中にあったモノづくりへの想いに火をつけることとなります。

「作家さんのモノづくりを目の当たりにして、自分もやっぱりモノづくりがしたい、と強く思ったんです。その後、会社を辞めて洋服づくりを始めました。私は楽観的な性格で、あまり後先は考えないというか…すぐに行動に移していました(笑)」

7年間務めた会社を辞め、ご自身の洋服づくりをはじめた佐藤さん。数カ月後には、ご主人が運営・管理を行う「つきやまBooks Arts & Crafts」で最初の展示会を開催。展示会を無事開催できたことが1つの自信となったという佐藤さんは、アトリエ兼ショップ「福月洋装店」をオープンし、本格的に活動をスタートさせます。佐藤さんの決断力、行動力に驚かされます。

  • 服飾専門学校のカリキュラム修了後、技術向上のため1年間在学期間を延長し、パターンに特化して学んだ佐藤さん

2人の人物との出会いから生まれた空間

古民家を改装した「福月洋装店」の店内は、大きなガラス戸から差し込む太陽の光、木の温もりを感じる床材や天井の木組みなど、自然と共存する丁寧な暮らしを感じさせる空間。佐藤さんの洋服の世界観を引き立て、着用シーンのイメージが膨らんでいくアトリエ兼ショップとなっています。

この空間は、ドライフラワーアーティストのYurariさん、建築士の大友さんの2人との出会いによって誕生したものなのだとか。アトリエ兼ショップを構えたいと漠然と考えていた時に、1軒の古民家をYurariさんと見つけ、同じく事務所を探していた建築士の大友さんが一緒に入居する形で古民家のリフォームのプランを提示してくれたことから、現在の形になったのだといいます。

「お二人に信頼を置いていたので、空間づくりはお任せという感じでした。Yurariさんのお花の世界観は私も大好きですし、大友さんは北欧スタイルの建築などにも造詣が深いなど、3人が似た感性を持っていたところもあって、とてもスムーズに素敵な空間ができあがっていったんです」と佐藤さん。

最高の化学反応により、佐藤さんの表現する洋服の世界観が広がるような空間が誕生したのです。

  • 床は正方形の木材をあえて固定せずに並べ、歩く時に木の感触や音を感じられるつくりに。木の格子戸や柱などにも歴史を感じられる良質な木材を使用し、温もり溢れる空間が広がる。1階は大友さんの建築事務所となっている

大磯で共にモノづくりを行う夫婦のカタチ

現在、大磯という町で、夫婦でモノづくりに携わっている佐藤さん。ご夫婦そろって自身の道を歩み始めたことに不安はなかったのでしょうか。

「不安はありませんでしたね。主人が独立する時も、やりたいことをやって欲しいという想いのほうが強かったです。私もどうせやるなら、好きなことをやりたいと思う人間ですから! 」と笑顔で話す佐藤さん。

ご主人との関係性を表現するなら“相棒”だといいます。それは出会った当初から変わらないそうで、好きなことも似ているためお互いを理解することもでき、尊重しながら生活をできるのだそう。モノづくりにおいては、夫婦で意見交換することも多いと話します。

「主人は事業としてブランディングもしているので、細かい部分についても相談しています。忖度もなく率直な意見をくれるので、とても助かっています」

  • フード付きコートは胸の上部から肩回りにかけての切り替えが一直線に見えるつくりが特徴的で、柔らかな落ち感が生まれる。仕立てた洋服のデザインについても最初にご主人に意見をもらうことが多いのだとか

自分が楽しいと思える洋服づくりを大切に

佐藤さんは、2023年7月開催を目指して繊維系の作家を招いての展示会「糸辺-itohen-」の企画を進めているといいます。

「大磯のまちなかでは、春は本のイベント、秋は器のイベントを開催しています。そこで夏も作家の方々と皆さんがつながれる企画ができたらいいなと思って、繊維に関わるクラフトをつくっていらっしゃる作家さんを招いて企画展を開催しようと考えたんです」

ご主人とお二人で、それぞれの活動を通して、大磯のモノづくりを盛り上げている佐藤さん。事実、大磯には多くの作家が移り住み、特色ある個人店が少しずつ増えてきているなど、新たなムーブメントが生まれ始めているようです。

「個人的な目標としては、洋服づくりを末永く続けていくことですかね。お客さんに向けてこんな洋服をつくりたい! とか立派なことを言えたらいいんですけど…自分がこころおどるような洋服をつくり続ける、そんな感じでやっていけたらいいかななんて思っています」と佐藤さん。

ご自身がときめく洋服をつくるからこそ、その想いが手にした人に伝わり、その人のこころをおどらせるものとなるのでしょう。大磯の海と風とともに日常の小さな幸せを感じられる、「福月洋装店」ではそんな洋服がつくられていました。

  • 地元のイラストレーターさんとコラボして製作したサコッシュ

  • 店内には「福月洋装店」の洋服にマッチする、湘南エリアで活動する作家によるアクセサリーも展開

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