時を越えた冒険へ。新たな世界との出会いが待つ場所「古本イサド ととら堂」

逗子駅前に広がり、古くから地域の人々の暮らしを支えてきた逗子銀座商店街。昔ながらの衣料品店や食料品店などが軒を連ね、どこか懐かしさを感じます。商店街を歩いていると、通りに面した駐車場の奥に一軒の民家を改装したお店が現れました。古本屋「古本イサド ととら堂」です。

のれんをくぐり店内に入ると、テーマ別に分けられた書棚に独自の視点でセレクトされた古本が所狭しと並べられ、知的好奇心をくすぐる空間が広がっています。自然と思想、デザインの楽しさ、世界の文化と暮らし、女性のチカラ、時代を彩った芸能など、その打ち出しにもセンスとこだわりを感じます。

こうした店舗独自の提案を楽しみに、近所の人のみならず、遠方からやってくる常連さんもいるのだとか。インターネットで情報があふれ活字離れが進む時代に、なぜ古本屋をされているのか、古本の魅力とは何なのか、店長の木村海さんにお話をうかがいました。

遊び場だった古本屋

木村さんが古本に触れるようになったのは、10代後半の頃。当時、バンド活動をしていたという木村さんは、練習終わりにスタジオ近くにあった古本屋に立ち寄るように。

「店内に溢れる古本から心くすぐる一冊を選ぶ“宝探し”のような感覚が楽しくて、古本の世界にのめり込んでいきました。練習より古本屋にいる時間のほうが長かったんじゃないですかね(笑)」と木村さん。

こうして古本に関心を持った木村さんは、都内の古本屋で働き始めます。その後いくつかの古本屋で経験を積んだ後、2012年に出身地であった逗子に自身の店「古本イサド ととら堂」をオープン。

「私が古本に夢中になっていた頃は、多くの古本屋が遅くまで開いていて、人々が集う遊び場の1つでした。ただ逗子にはそうした街の古本屋がずっとなかった。そこで、自分でつくってしまおうと思ったんです」

ちなみに店名にある「イサド」とは作家・宮沢賢治の短編童話『やまなし』に出てくる架空の場所。そんな架空の場所で“宝探し”を楽しんで欲しいという木村さんの想いが感じられます。

  • 木村さん自ら民家を改装した店舗。読書家の書庫を覗くようなわくわく感に包まれる

  • 入口には宮沢賢治にまつわる本を集めたコーナーも。ここから宝探しが始まる

冒険できる空間づくり

店内の書棚はテーマで分けられており、小説、漫画、エッセイなども例えば“食”というテーマでまとめられているのが面白いところ。本の種類の枠を超えて、興味・関心の深堀りができるような工夫がなされています。そして各テーマの配置にもつながりを持たせており、店内を回遊することでその興味・関心がさらに広がるような空間づくりを意識していると木村さん。

「古本屋の醍醐味は、探している本だけじゃなくて、そこで新たなものと出会えることだと思うんです。“冒険”する楽しさですよね。そんな空間をつくりたかったんです」

確かに、世界の旅、土地の文化、思想、カルチャー、アート、デザイン、海外の美しい絵本や児童書、詩の世界、ファッション…など、店奥へと進むうちに自分の中の好奇心が紐づけられて刺激されていくような感覚を覚えます。

  • 児童書、食と文化、そして女性のライフスタイルへと自然と興味・関心がつながる空間づくりが行われている

  • 装丁の美しさも本の魅力。そんな本との向き合い方もあっていいということを教えてくれる

古本屋にしか残せないリアルな文化

本のセレクトは、訪れる人々との対話を参考にしつつ、そこに木村さんならではの遊び心を加えています。例えば、世界の旅では、少しディープな南米の人々の価値観や生き方に関する本を充実させてコーナーを展開。こうした木村さんの遊び心を楽しみにやってくる方も少なくないようです。

また、雑誌やパンフレット、小冊子なども幅広く扱っています。地元逗子で親しまれていた「なぎさホテル」のメニュー表などが並ぶこともあるそうですが、店頭に置くとすぐに売れてしまうほど人気なのだとか。

「歴史書などは図書館に収められていますが、その時代に存在したサブカルも含めたリアルな文化は残されていないですよね。そういうものも伝えていけるのが古本屋。そんなカオスが好きですね(笑)」と木村さん。

大衆向けに発行された雑誌や書籍、その他紙媒体には、その時代の空気感、エネルギーなどを強く感じるものが多くあります。それは、インターネット上にある切り取られた電子情報からは感じることのできないものかもしれません。

また、実際に古本を手に取ることで伝わることもあると木村さんは話します。

「お客様の中には、書き込みがある本をお探しになっている方もいらっしゃるんですよ。最初の持ち主がどのような点に興味を持ったかを知れるからと。当店では書き込みのある本は扱ってはいないのですが、そうした時代を超えた交流ができるのも古本の楽しみの1つですよね」

  • アメリカ文化にまつわる本棚の隣には、木村さんこだわりの南米に関連した本をまとめたコーナー

  • 発行当時の熱量を感じるパンフレットや小冊子。こうした文化に触れることができるのも紙媒体の魅力

つながりの中で可能性が広がる場所へ

さまざまな出会いを大切にしている「古本イサド ととら堂」。店舗の奥には、イベントなどを行うスペースがあり、地域の作家やアーティストの個展なども開催されています。取材日には、路上で出会った魅力的な人々を撮影したストリートスナップなどで注目を集めてきた写真家・元田敬三さんの作品集『渚橋からグッドモーニング』の刊行記念展が行われていました。

「この空間は街のイベントルームです。初めて個展を開く方の挑戦の場、新たな作品づくりをされるアーティストのラボなど、一歩踏む出すための空間として活用していただけたらと思います」と木村さん。

次回のイベントは、同店に通い、多くの古本を手に取りデザインを学んだ若手アーティストが開く初めての個展だそう。地域の人々の可能性を広げる場にもなっています。

  • 店舗奥にあるイベントルーム。写真は元田敬三さんの作品集『渚橋からグッドモーニング』刊行記念展開催時のもの

古本は人生の寄り道。遊び心を大切に届けていきたい

古本の魅力について木村さんは、時代に刻まれ、時に消えていったものを再び見ることができるロマンだといいます。

「古本は、人生の“寄り道”のようなものだと思うんです。日々の生活に必ずしも必要ではないけれど、豊かにしてくれる。だからこそ遊び心を持って店づくりをし、必要とされる方に古本を届けていきたいと思っています」

今の時代、知りたい情報はインターネットで検索すればいくらでも得られるかもしれません。しかし、その周辺にあるものに興味を持ち、能動的に考え、行動することが自身の可能性を広げることにつながる。「古本イサド ととら堂」は、そんな知的好奇心との出会いを楽しく提供してくれる空間であるように感じました。

皆さんも、知らなかった世界の扉を開く“冒険”へ出かけてみてはいかがでしょうか。

  • 「地域のお客様と出会い、面白い店をつくっていく。だからこの店が完成することはないんです」と木村さん

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