何気ない言葉を交わす。クラフトビールの量り売りから生まれる酒販店「バナバサ」の自然体なコミュニティ

鎌倉駅に続く御成通りの路地を少し入ったところにある酒販店「バナバサ」。約100種類もの世界各国のクラフトビールを販売するほか、樽生クラフトビールも提供しており、店内のカウンターでは地元客・観光客がビールを片手に楽しげに語り合う姿も見られています。

さらに、ビール専用ボトル・グラウラーを持参して樽生クラフトビールを量り売りで購入できるのが同店の面白いところ。「生ビールの持ち帰り文化を日本でも広めたい」と話すオーナーの井伊乃士さん。そこには、ある想いがありました。

グラウラーとの出会いから始まった新たな夢

もともとは外資系アウトドアブランドのプロダクトチームで海外の製品を日本用にローカライズする仕事に関わっていた井伊さん。10年間の会社員生活を経て、以前から考えていた独立を決意したといいます。

経験を活かしアウトドア用品のディストリビューターとして独立するも、最初はつながりもなく、アメリカで開催される展示会などを地道にまわるところからのスタートだったそう。そんな時に、目にしたのが米国「Drink Tanks」社のビール専用ボトル・グラウラーでした。生ビールを持ち運べるグラウラーというプロダクトに可能性を感じた井伊さんは日本に広めたいと思うように。

ただ、当時日本ではビールの量り売りを行っているところはほとんどありませんでした。日本に戻り、グラウラーを提案するために各地のブルワリーをまわるも、ビールの量り売り文化がないことから取り合ってもらえなかったそう。そこで、井伊さんは「だったら自分でやってみよう」とビールを量り売りし、グラウラーで持ち帰ってもらえる場所をつくることに。そうして誕生したのが「バナバサ」だったのです。

  • 米国「Drink Tanks」社のグラウラー。優れた保冷性と鮮度保持を実現し、いつでもどこでも美味しいビールを味わうことができる

量り売りで生まれるコミュニティ

「バナバサ」では鎌倉の「Yorocco Beer」や茅ヶ崎の「Barbaric WORKS」など、地元ブルワリーの樽生クラフトビールの量り売りを行っています。店内に用意されたカウンターで飲んでいくことも可能で、1杯飲んで気に入ったビールをお持ち帰りすることもできます。グラウラーによって可能となるビールの量り売りについて、ゴミの削減につながるという利点があるだけでなく、コミュニティが生まれるという点に大きな魅力を感じていると井伊さんは話します。

「昔は酒屋さんに大徳利を持って日本酒を買いに行く文化がありました。他にも味噌や豆腐の量り売りなど、日常の中で定期的に顔を合わせて言葉を交わす機会がありました。失われつつある、そんなコミュニティをこの場所でつくれたら、という想いもあるんです」

その想いは実際の形となってきているようで、ある家族との温かなエピソードをうかがうことができました。

「仕事で帰りが遅いお父さんのために、お母さんとお子さんがグラウラーを持って来店し、樽生クラフトビールを買って帰っていかれるんです。休日にはお父さんが来店して、カウンターであれこれ話しながらビールを楽しんでいるので私もお父さんの好みがなんとなく分かったりして。そこで、お二人と『今日のラインアップの中では、お父さんはこれが好きかもね』とあれこれ相談するんです」と井伊さん。

かつては多くの商店街で見られていた、人情味溢れる交流が生まれています。

  • 樽生クラフトビールは量り売りのほか、店内のカウンターでも味わえる

作り手とお客をつなげる

作り手とお客をつなぐことも「バナバサ」が大切にしているテーマの1つ。冷蔵ケースには地元をはじめ世界各地のブルワリーのクラフトビール缶を豊富に揃えており、その中から選んだお気に入りの1本を作り手の想いをうかがいながらカウンターで味わうこともできます(要開栓料)。

「クラフトビールの魅力は作り手の魂を感じられるところです。それは、味はもちろん、缶のデザインなど細部のこだわりに表れています。本当に良いもの、美味しいものを皆さんに知っていただきたい、そして味わっていただきたいと思っています」

こうした考えから、井伊さんはクラフトビールのイベントやブルワリーを訪ねるなど、できる限り生産者と直接会って、ビールづくりへの想いやこだわりを聞くようにしているのだとか。

「クラフトビール1つ1つにあるストーリーも含めて味わっていただけたら、それは格別な体験になると思うんです。生産者の顔の見えるクラフトビールを届けていきたいですね」と井伊さん。

  • 冷蔵ケースに並ぶ世界各地のクラフトビールを家に持ち帰ってじっくり楽しむもよし、店内のカウンターですぐに楽しむもよし

  • Yorocco Beerの「Harvest Saison」は青みかんの果汁を使用しており、すっきりとした味わいが和食と相性抜群。Barbaric WORKSの「ジャマイカの夜」はブラウンエールのコク深い味わい

お酒を飲めない方も一緒に交流できる場に

「バナバサ」の店内にはギャラリースペースも設けられており、これまでに出会ったディストリビューターによるポップアップストアや、アーティストの作品展示を定期的に開催しています。

「来る度にビールのラインナップもギャラリーも変化していて新しい出会いがある、そんな場所が楽しいじゃないですか」と井伊さん。

地域の人々がギャラリーを覗きにふらっと立ち寄ったり、ビールを一杯飲みながら作品を介して会話が広がったり、モノと人々の出会い、そしてそれらを介したコミュニケーションが生まれているようです。

さらに、店内を見渡すと冷蔵ケースにはクラフトビールと一緒に瓶のラムネが置かれ、樽生ビールのタップにはノンアルコールドリンクがラインアップされていることに気が付きました。大人も子どもも、お酒を飲む方も飲まない方も、すべての方がこの場所にふらっと立ち寄って時間を過ごしてくれるような場所でありたいという井伊さんの想いを感じます。

  • 店内のギャラリースペース。取材時は、インドネシア・バリ島で製作するオリジナルの木彫りなどを展開する「コピパナス」の作品展示が行われていた

  • 樽生ビールのタップには常時ノンアルコールドリンクもラインアップ。取材時に取り扱っていた「COMBUCHA」は紅茶と緑茶を発酵させた飲料

自然体で生きることを大切に

「バナバサ」という店名の意味を井伊さんにうかがうと、南アジアおよび東南アジアで用いられていた古代語であるサンスクリット語で“自然に生きる”という意味を持つ言葉であることを教えてくれました。

「自然と共に生きるという意味だけでなく、肩肘張らずに自然体で生きるっていいよねというメッセージも込めているんです」

店内で生まれる交流はもちろん、仲間で集まって自宅でグラウラーに詰めた樽生ビールを楽しむ、キャンプやサーフトリップで樽生ビールを楽しむといった自然体な交流の創出にもつながっており、「バナバサ」はまさにその名の通り“自然に生きる”ことの豊かさ、その価値を届ける場となっています。

  • 散歩中のご近所さんに気さくに声を掛ける井伊さん

最後に今後の展望をうかがうと次のような答えが返ってきました。

「今後も自分のやりたいことを大切にしていきたいです。そうでないと続かないですしね。いつかは愛犬と家族と一緒にグラウラーを売りながら旅をしたいなんて思っているんですが…この計画は妻に却下されてしまいました(笑)。あとは、地域コミュニティの創出もそうですが、何か少しでも良い方向につながることをしていきたいですね」

どこまでも自然体な井伊さん。それが「バナバサ」の居心地の良さの正体であることが分かりました。皆さんも美味しいクラフトビールと何気ない会話を楽しみに、ふらっと立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

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