古民家で味わうヴィーガン料理と穏やかな時間。「食堂ぺいす」が教えてくれる自然であることの心地良さ

多くの神社・仏閣とともに、昔ながらの日用品店や精肉店、和菓子屋さんなどが並び、鎌倉の人々の暮らしを感じる大町。大通りから細い路地を曲がったところに、「食堂ぺいす」という手作りの看板が立てかけられた趣きのある古民家が現れます。

中に入ると、故郷の家に帰ってきたかのような懐かしさを感じる空間が。キッチンから「いらっしゃい」と穏やかな笑顔で出迎えてくれたのが“るんちゃん”の愛称で親しまれる綾子さんと康寿さんご夫妻。お二人のやわらかな雰囲気に、一瞬にして心がほぐれていくのを感じます。

食堂ぺいすで提供しているのは、雑穀・豆・野菜などの食材を中心にした日本の伝統食。心地良い空間とやさしい料理が多くの人々の心と体を満たしています。この場所に込めたお二人の想いをうかがってきました。

自分のペースを取り戻す場所に

もともと料理好きで、いくつかの飲食店でキッチンを担当していた“るんちゃん”。東日本大震災を1つのきっかけに人々の暮らし、そしてどう生きるべきかについて考えるようになったといいます。そして、“やりたいことは今やらないといけない。どうせなら環境のために何か良い影響を与えることがしたい”と、ご主人の康寿さんとともに野菜と雑穀を中心とした伝統的な食事を提供するお店を開くことを決意したそうです。

そして、宮大工だったるんちゃんのひいおじい様が建て、その後おじい様、おばあ様が暮らしていた築120年の家を改装し、2013年に「食堂ぺいす」をオープンさせます。

「店名にある“ぺいす”は速度を落とす『ペースダウン』という意味とラテン語で平和の意味がある『pace(パーチェ)』からとったものなんです。ここを、自分のペースを取り戻す場所としていただきたい…そんな願いを込めました」とるんちゃん。

この想いは空間、料理にも表れ、ここにしかないお店の魅力となっています。

  • 穏やかに寄り添うように接してくれる、るんちゃんと康寿さん

体にも環境にもよい食事を届けたい

食堂ぺいすでは、雑穀・豆・野菜を主役にした「ヴィーガン」メニューを提供しています。ご自身も二児のママである、るんちゃん。子どもが安心して食べられるものを、と考えてたどり着いたのがヴィーガンだったそう。そして、心も体も“ほっこり”できる食事にしたいと「家庭の料理」を提供することにしたといいます。

「野菜や豆などを中心とする伝統的な日本の食事を通して、体の調子を整えていただきたいですね。そして、その食が環境にとっても少し良い変化を生む。食を見つめなおすきっかけにもしていただけたら嬉しいです」とるんちゃん。

メニューに使用する野菜は、るんちゃんのご両親やご友人の畑で作る無農薬野菜が中心。“地産地消”ならぬ“友産友消”という、より小さな循環を生み出していきたいという考えがあるようです。安心・安全の食の提供とともに、食料の輸送で生じる環境への負担もより少ないものになります。

お店の庭には小さな菜園があり、そこで採れた果物や野菜は料理にも使用されています。この菜園は康寿さんが中心となって作っているのだとか。康寿さんはボランティアとして農家で働きその代わりに農業の技術を教わる「援農」にも取り組んでおり、今後は自分たちで作った野菜を多く届けていきたいという想いもあるそうです。

  • 庭で実をつけた柚子は料理にも使用されている

  • お子さんも一緒に野菜作りに挑戦する庭の菜園

分かち合う「縄文定食」

食堂ぺいすの“食と暮らし”に対する考えは、少し変わったネーミングの「縄文定食」という定食名からもうかがうことができます。

「縄文人は所有感がなく、みんなで分け合って暮らしていたそうなんです。みんな自然の一部で、境がない。そんな暮らしへの憧れもあって、それを1つの形にしたのが縄文定食なんです」とるんちゃん。

縄文定食には、その時に採れた新鮮な食材を、お客さんと分かち合いたいという想いが込められているようです。取材日の定食は、れんこんのベジバーグ、おろぬき大根のくるみ和え、食用菊・もってのほかの酢の物、酵素玄米、けんちん汁、柚子の寒天ゼリー。

ベジバーグは肉を使っていないにもかかわらず、ジューシーで旨味たっぷり。おろぬき大根のくるみ和えは柔らかい根・葉の触感と甘みをしっかりと感じます。どの料理も野菜それぞれの良さが引き出されています。そして、おかずと相性抜群なのが、玄米と小豆に天然塩を加えて炊き上げ、数日保温して寝かせた酵素玄米。消化が良く、赤ちゃんでも食べられるほど体に優しいのだとか。

  • 男性でも大満足なボリュームの「縄文定食」

  • 旬の果物を使ったケーキも大人気。写真はみずみずしい完熟の柿を使用したタルト

心穏やかにゆっくり過ごせる空間

客人を出迎える広い玄関、畳敷きの居間、日がやさしく差し込む縁側…古民家ならではの空間も食堂ぺいすの魅力の1つ。

その昔、るんちゃんのおじい様はこの場所で書道教室を開いており、多くの人が集っていたのだそう。また、料理好きだったおばあ様は、集まった近所の方々によく料理を振る舞っていたのだとか。そんな温かな光景をそのままにしたいと、もとの姿を大切に店舗への改装を進めたといいます。

そうしてできあがった空間は、訪れる方々に安らぎを与えています。庭の草木を眺めながら縁側でのひとときを楽しんだり、薪ストーブの前で読書を楽しんだり…お客さんは思い思いの時間を過ごしているようです。

  • 柚子や夏みかんの木、アジサイなど、季節を感じる草木を眺める縁側の席

  • 店内に置かれた環境や食、健康、子育てを中心とした本は貸出も行っているそう

穏やかな交わり

食堂ぺいすで印象的なのは、伸び伸びと楽しそうに過ごす子ども達と、笑顔で関わる周囲のお客さんの微笑ましい光景。

「パパ・ママが安心してお子さんと来ていただける場所にしたかったんです。皆さんが同じ空間で食事を楽しみ、時にはそこからつながりが生まれるような場所になっていったら嬉しいなと思っていたら、自然とこんな形ができあがっていったんですよね」と康寿さん。

そうした想いと、人々が関わり合うよう設計された古民家ならではの空間によって、来る人々の心の壁が取り払われ、自然と交流が生まれているようです。離れには土間をつくり、自由に使えるスペースとしています。木登りができるようにもなっていて、子ども達が元気に遊ぶ姿も見られました。

  • 日本伝統の土間は、みんなで憩える場所に

  • 人々が自然と交わる店内

一人でゆっくり過ごしたい方にはその時間を大切にしていただけるように。ただ、人の温もりを感じられるお店でありたいとお二人は話します。

「ただ食事を出すだけの場所は味気ない。お客様と触れ合える食堂にしたいなと思っているんです」と康寿さん。

「少し心が苦しい時にも、ここへ来てご飯を食べることでちょっぴり元気になる。そんな場所にしていけたら嬉しいですね」とるんちゃん。

実際に、最初は少し硬い表情をされていたお客さんも、ご飯を食べた後はやわらかな表情になり、話しかけてくれることもあるのだとか。そんな心が緩む瞬間に寄り添えることは、かけがえのないものだといいます。

  • 温かな笑顔で包まれる食堂ぺいす

美味しい食事とやさしい時間

現在は日中のみの営業ですが、今後お子さんが大きくなった頃には、夜の営業もしてみたいとるんちゃんはいいます。

「夜ごはんはとても大切なもの。一日の終わりに、体に良い“やさしい夜ごはん”を提供できたらいいな、なんて考えているんです。あ、でもこの計画はまだ康寿さんにも話してなかったな」といたずらっぽく笑うるんちゃん。

心や体が少し疲れてしまった日、なんだか誰かと話したいなと思った日…食堂ぺいすはそんなときにふと帰りたくなる場所でした。“ゆっくりと自分のペースで…”――美味しい食事とやさしい時間が、きっと心を満たしてくれるはず。

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