西鎌倉・創業百年を越える老舗「和菓子処 茶の子」。父から娘へ受け継がれる伝統と時代に寄り添う和菓子

1960年代に開発された比較的新しい西鎌倉住宅地、その一角に創業100年を越える老舗和菓子屋「和菓子処 茶の子」があることをご存知でしょうか。こちらのお店には連日地元住民を中心に多くの方々が訪れています。

老舗和菓子屋として地域に愛されている同店では、伝統を守りながらも、時代に合わせた新たな和菓子の提案にも力を入れています。父親である3代目の指導のもと、現代人の感性に合った和菓子を日々追求されている、次期4代目・松野友美さんにお話をうかがってきました。

創業の地・横浜から自然豊かな西鎌倉へ

「和菓子処 茶の子」の創業は1917(大正6)年、「松埜(まつの)本店」として横浜市東神奈川にお店を構えたところから始まりました。その後、時代の流れとともに東神奈川の開発が進んだことで「自然の豊かな鎌倉で和菓子を作りたい」と、3代目が鎌倉市西鎌倉へと店舗の移転を決意。その際に店名を「和菓子処 茶の子」に改名されました。

“茶の子”とは室町時代の文献にも登場する言葉で、“お茶を飲むときに口にする菓子”を意味しており、これがいわゆる和菓子の原点となっているといわれています。「日々の暮らしのなかでお茶とともに和菓子を楽しんでもらいたい」という想いで名付けられたそうです。

  • 店内に飾られている横浜時代の店舗写真

  • 1989年に湘南モノレール・西鎌倉駅から徒歩10分の場所に移転

西鎌倉に受け入れられた職人のこだわり

「和菓子処 茶の子」には、一日に約20~30種類ほどの和菓子が並べられます。名物はふわふわの生地にバターを加えた白餡、求肥入り胡麻餡をそれぞれ挟んだ2種の「むしどらやき」と、松ぼっくりを模した一口サイズのどら焼き「松毬(まつかさ)」。これらは、西鎌倉移転後に誕生したものだそうです。

「西鎌倉は文化的で食に関する関心や知識が深い方が多いように思います。工夫を凝らした商品が求められますし、素材のこだわりを感じてくださる。その分、少しでも質感や味が変わると気づかれてしまうので、本当に気が抜けないんですよ」と松野さん。

厳選された素材で、一つ一つ手作業で丁寧に作られている「和菓子処 茶の子」の和菓子。砂糖や米などは作る和菓子によって数種類を使い分け、特に小豆は天候などで毎年変わる小豆の質を見極め、その時々で一番良いものを選んでいるとのこと。また、同じ素材でも、その日の気温や湿度などで味や質感に変化が生じてしまうため、日々感覚を研ぎ澄ましての調整が必要なのだとか。職人の確かなと技術と経験、細部にわたるこだわりに、老舗たる所以を感じさせられます。

  • 人気商品の「むしどらやき」。白い生地にはバターを加えた白餡、黒糖を練り込んだ黒い生地には求肥入り胡麻餡が挟んである

  • 松毬(まつかさ)の餡は、白小豆とあんず、大納言小豆と栗の2種類

父から娘へ繋がるバトン

和菓子の世界で生きるご両親の姿を見て育ち、子どもの頃からモノづくりに対する憧れがあったという松野さん。学生時代から「和菓子を作りたい」という想いとともに、「父が作り、母が売り、そしてお客さんに喜んでもらえる」という家業に魅力を感じていたといいます。

しかし、3代目であるお父様は、朝も早く力仕事も多い厳しい世界であることから当初は反対していたのだとか。また、「一度は世間を知っておいた方が良いのでは」という助言もあり、大学卒業後は都内の企業に就職してインテリア関係の販売促進の仕事をしていたそうです。

「こうして異業種で働いてみたことで、自分の中にあった和菓子を作りたいという気持ちがより一層強いものとなりました。また都心で働く中で、山や海が近く自然の残る西鎌倉の魅力を再発見することにもなり、この場所で仕事をしていきたいという想いも芽生えました」と松野さん。

和菓子の道に進むため、会社を辞めて東京・銀座の老舗和菓子店でアルバイト修行をしながら、夜間の製菓専門学校へと通い始めます。

  • 繊細で精確な技術を要する和菓子作り

  • 店頭には定番のお団子やどらやき、季節の商品などが並ぶ(一部商品はオンラインでも購入可能)

松野さんの手から生まれる美しい和菓子

その後、「和菓子処 茶の子」に入り、3代目の指導のもとで和菓子作りに邁進する日々を過ごしている松野さん。日夜の研鑽のかいもあり、都内の高級ホテルでご自身の作った和菓子が採用、さらに全国和菓子協会の「優秀和菓子職」にも認定されるなど、業界で最高水準の技術を持つ職人として認められ、お店の菓子製造を任されるまでになりました。

松野さんが和菓子の中でも特に得意とするのが上生菓子。上生菓子とは、日本の歴史の中で培われてきた製菓の技法を用いて、四季の移ろいや花鳥風月を表現した色彩豊かな和菓子を指します。

お茶席や正式な行事の席で最上のおもてなしとして出されることが多く、相談を受けてお茶会用に作ることもあるのだとか。その際には、お茶会のテーマや使用する器などを聞きながらアイデアを練り、自ら下絵を描いてデザインしていくそうです。

和菓子を作るにあたって、鎌倉広町緑地や腰越漁港などを訪れ、自然、そして四季の移ろいを感じるようにしているという松野さん。実際に触れ、感じた鎌倉の自然への感動が和菓子に表現されているようです。

  • 第26回神奈川県名菓展コンクール観光みやげ品の部で技術賞を受賞した「鎌倉さくら道」(季節限定)

  • 日本の美しい自然や色彩が松野さんの感性を通して表現された上生菓子

時代を映しつつ、和菓子の文化を伝える

上生菓子の“煉切(ねりきり)・こなし”の技術が、文化庁の審査を経て2022年10月に『登録無形文化財』に登録されることが決まるなど、今日、和菓子は日本の文化・伝統として継承されるべきものとして改めて注目されています。

「和菓子の技術が、日本の残していくべき文化として指定されたことは、とても嬉しく励みになりました。それとともに、和菓子作りに携わる者として、この技術をしっかり後生に伝え残していかなければと身が引き締まる想いもあります」

伝統を守り、伝えることの大切さを胸に和菓子職人として活躍する松野さん。一方で、現代の感性を融合し、和菓子の文化を暮らしのなかで楽しんでもらえるものとして継承していくことにも力を入れていきたいといいます。

100年を越える伝統と柔軟な発想から生まれる「和菓子処 茶の子」の和菓子。変わりゆく生活スタイルに寄り添いながら、四季の移ろいやその時間を愛でるという文化を届けています。いつもの暮らしに和菓子を取り入れて、豊かなひと時を楽しんでみてはいかがでしょうか。

  • 「地域のお客様を大切に、質のよい和菓子を作り続けたい」と語る松野さん

  • 全国和菓子協会の「優秀和菓子職」にも認定されている

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