歳月をかけて見出した味わいを、真心をもって届ける。ベルタイム珈琲が育んできた独自の焙煎とその歩み

観光客で賑わう鎌倉の中心街とは一線を画し、古くから残る風情や営みがのどかな景色の中ににじむ北鎌倉。西口を右に出て5分ほど歩いた先にある、薄赤の丸テントが目印のベルタイム珈琲店。この地で愛され続ける理由やこだわりを代表の鈴木さんに伺いました。

鎌倉に根ざし、商店から珈琲店へ

「創業は昭和10年です。祖父が鎌倉駅前に開業したのが最初で、その当時は酒屋でした」と語る鈴木さん。戦後北鎌倉に店舗が移転し、その後を継いだお父様が食料品等の販売も兼ねるコンビニやスーパーのような形になったそうです。

「この辺りは山や坂が多く、配達には大変な労力が必要でした。そこで父が何か自分で作って売れるものはないかと思っていたところ、コーヒーという商材に出会ったんです。卵焼きも焼けない人間がいきなりコーヒー豆を煎ると言い出したので、家族は大反対でした」

当時を振り返り、鈴木さんは苦笑します。それでもお知り合いの自家焙煎の店に3年ほど通い、家族の反対を押し切って焙煎機を購入。

「形になるまでは15年ほどかかりました。僕は当時まだ若かったので別の仕事をしていましたが次第に手伝うようになり、その頃には味作りもおおよそ出来上がっていました。父が焙煎を行い、母が袋詰めをして僕がそれを外で売っていました」

この形で12年ほど続け、令和になる頃にはご自身が後を継ぎ代表となりました。

珈琲の味をつくるのはなにか

そもそも我々が嗜む珈琲の味とはどのようにして作られていくのでしょうか。鈴木さんは味の成り立ちをこう定義します。

「珈琲が出来るまでを10に分けたとしたら、素材3、焙煎3、淹れ方が4。本当に大事なのは実は淹れ方で、粗挽きのアメリカンが好きな人がいればエスプレッソが好きな人もいる。好みの淹れ方で淹れることによって最終的にその人好みのコーヒーになると考えています」

こだわり抜かれた様々な工程を経て出来た珈琲豆を、最後は自らがこだわって淹れる。改めて嗜好品としての奥深さを感じます。

独自の焙煎法に込めるこだわり

厳選された素材から豆の個性を引き出す焙煎作業には、熱風焙煎、半熱風焙煎、直火焙煎の3つの方法があります。中でも最大600℃の窯の中で熱風を循環させる熱風焙煎が多くを占めています。これに対して、ベルタイム珈琲では蜂の巣焙煎と名付けられた低温直火で行う焙煎を採用。

「うちの焙煎機は最高で170℃。1回あたり45分掛けて焙煎を行います」

時間と手間を要するこの手法を用いるのは業界全体の3%程度。豆の細胞を壊さず直火で長時間じっくりと煎ることで、味わい深く雑味の残らないローストビーンになります。お話を伺う最中にも焙煎機は休みなく動いており、この日は朝7時から回し続けているそう。そこで実際の焙煎の様子を見せていただきました。

時折ひと掬い取り出して豆の焼き色を確認しつつ、仕上がりのタイミングを図ります。時間管理される一般的な焙煎とは異なり、状態を見て判断する技量が求められます。

「やり方さえ心得えれば焙煎自体は出来るけど、その結果には良し悪しの波がある。毎日状態は違うので分秒で設定しても上手くはいきません。その差をさざ波にとどめて平均点を維持することが大事であって、それは経験や感覚によるところなんだと思います」

合図とともに十分に火が入った豆が機械から溢れ出ていく瞬間、蒸気とともに香ばしい匂いに包まれました。

「1つひとつ色味が違うでしょう」と言われ覗き込むと確かに色の濃さにばらつきが。このムラも直火焙煎の特徴だそう。

「新鮮な豆ほど煎りたては炭酸ガスが出るので袋が膨らんでしまいます。なのでうちでは穴を開け、特殊なシールを貼って酸化を防ぎます。豆によって、3日〜10日ほど経つことで熟成し更に美味しさが増していきます」

時間が経過しても鮮度を高く保つことが出来る。手間を掛けることの意味がここにもあります。

焙煎を始めるに至ったきっかけを伺うと、意外な答えが返ってきました。

「うちの父が子供の頃、おばあさんがフライパンで南京豆を炒る様子を見て自分にも出来るんじゃないかと思ったそうで」

セオリーに則ることなく、日常の中から見出した独自の焙煎法。その成り立ちもまたユニークなものでした。

焙煎の極みが生む、コク深いコーヒーアイスと豆の余韻

お話の最中、コーヒーフロートとアイスを振る舞っていただきました。

コーヒーの味がほんのり混ざるアイスクリームに、挽き方を変えて二重に濾過を行いコクだけを抽出した味わいのコーヒーソースをひと掛け。添えられた豆をひと噛みすると優しい苦味と香ばしさが広がり、そのままでも美味しく食べられることに驚きます。こういった嗜み方も雑味の残らない焙煎があってこそ。

人の縁が繋いだキャリア

高校を卒業してすぐ、知人の紹介でレストランに勤め始めたという鈴木さん。

「調理師学校卒のエリートが揃う中で、学校で教わってもいない自分がやっていくのは本当に大変でした」

早朝から終電まで働き詰めで月4万円ほどの給料。初めのひと月で半数が辞め、気付けば最後まで残っていたのは自分一人だけでした。過酷な見習い生活の中で、なぜ辞めずに続けられたのでしょうか。

「これは父にも言われましたが、お金を貰って教えてもらえるのはありがたいことだと。だから迷いはなかったです」

そんな信念で積み上げてきたキャリアは次第に実り、今では沢山のカフェやレストランに自店の商品を卸すように。

飲食店への卸や店頭だけでなく、通販や百貨店の催事、自販機等様々な販売形態を持つベルタイム珈琲。

「インターネットで注文をくださる新規のお客様は100人に1人リピートしてくれるかどうか。色々なコーヒーを嗜んでみたいということなんだと思います。対して、百貨店等の催事を通して僕が直接接客して買って下さるお客様には8割方が気に入って再度お求めいただいています」こうした催事をきっかけに遠方から足を運んでくれるお客様もいるとのこと。

「売り上げが特別高い訳ではないですが、直接人と向き合う販促販売がうちには適しているんだと思います」そんな鈴木さんが語る飾りのない言葉には、是非とも珈琲を飲んでみたいと思わされる力があります。

求められる珈琲とは

苦味や酸味等、繊細なバランスで構成される珈琲の「美味しさ」は人それぞれ感じ方が異なり1つに定義することは出来ません。そんな難しい商材へのこだわりとどう向き合っているのでしょうか。「ついコロナ前までは10割バッターを目指してお客様の好みを探ったり何かに寄せたりと試行錯誤していたけど、ある時から3割の人に気に入ってもらえさえすればいいと考えるようになりました」

不思議なことに、そう気付いた頃から売り上げがグンと伸びていったそうです。

「僕がどうこう説明しても美味しいかどうかを決めるのはあくまでお客様であって、仮にいまいちだと思われたとしてもそれは好みなので仕方がない。それが嗜好品なんだと思います」

代々続いてきた商店の歴史を継ぎ、確かなシェアを得ていったこの仕事。その心得を尋ねてみました。

「2015年に株式会社として立ち上げた当初は3年持たないと言われてきましたが今では10年あまり続いています。これは自分がどうこうという話ではなく、お客様がご贔屓にしてくれるからこそ。人と人、これ以外に理由はないです」

この人から買いたいと思わせる親しみやすい接客と、それを裏付けるこだわり抜かれた焙煎。この場所での出会いを通して「もっと珈琲を好きになってみたい」ときっと思うはず。

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