おいしく、たのしく、やさしく広がる食のコミュニティ「横田園芸」
平塚でオーガニックの「食用ばら」を作り始めて11年。横田園芸の横田敬一さんを訪れました。
横田園芸は、こだわりのレストランや直売所向けに食用ばらと旬のお野菜を作る農家さん。自社工場で加工したばらジャムは、湘南ひらつか市の特産品としても人気の商品です。
横田さんは3代目の農家。お祖父様が戦前に川崎で花き生産を始め、ユリやカーネーション等の栽培に着手。 戦後、高度経済成長期に川崎に工場と住宅が立ち並ぶようになり、地代が高騰したため事業を茅ヶ崎へと移します。茅ヶ崎の農場では、ユリやカーネーションに加えて、新たにバラの生産も始めます。そして、2代目となった横田さんのお父様は、バラ生産専業へと進むことに。家業を継ぐことを決めていた横田さんも、お父様のお手伝いをしながら新たに水耕栽培の技術を導入し、バラ生産の安定化を図ります。
のどかな農園地帯が広がる平塚北部の城所エリア。ハウス3基と路地で食用ばらと野菜を栽培しています。
食用ばらを作るまで
当時は、バブル全盛期。結婚式が派手に執り行われており、美しい花々で式場を飾ることが当たり前の時代でした。美しい切り花を安定的に作る技術を確立していた横田園芸は、次第に結婚式用のバラ栽培がメインの仕事になります。平塚でようやく農地を購入することができ、横田さんが家業を継いでからも、水耕のバラ栽培を続けていました。しかし、バブルがはじけ、結婚式の規模も次第に縮小していく中、業界の先行きに不安を感じるように。
そんな中、東日本大震災が発生。結婚式は一斉に自粛モードになり、予定していた納品はすべてキャンセルとなる事態に。横田さんはこれを機に、一気に食用ばらへの転換を進めます。
食用ばらは収穫シーズンを終え、新芽を育てるシーズン。食用ばらの間には、お互いの生育を助け合う野菜を植えています。
食用ばらの新芽。肥料などは与えず、水と陽の光だけで育てられています。
水耕栽培は、自然の循環と切り離された養液栽培。横田園芸でも徹底的に管理された環境で、化学肥料や農薬を使用し、花の美しさをとことん追求していたそう。その技術には定評があり、品評会に出展しても常に上位に入賞するほど。けれど心の中では、農薬をたっぷり使った花が、食事をする式場のテーブルいっぱいに飾られ、花嫁さんがブーケとして持つことに疑問もあり、ご自身の代では農薬を減らす取り組みも行っていました。そこで、食用ばらを作るのであれば、無農薬・無化学肥料で栽培をしようと決めます。
水耕栽培を突き詰めていたからこそ、植物の性質については十分に理解していました。薬品を使わなくても、植物の成長に必要な環境、何が不足しているか、また注意する点など、これまで培ってきた知識や技術をそのまま応用することができたと言います。食用ばらに転換した翌年には、その技をさらに展開し、野菜の栽培にも着手します。はじめは多品種の栽培に挑戦していましたが、自然の摂理を活かして植物を栽培するには、土地との相性がもっとも大事だと学びます。そこから、旬の時期にもっともよく育つ品種に限定し、無理のない栽培を心掛けるようになりました。
土地から、先人から、学び自分のスタイルを
横田さんは「土づくりをしない。」と言います。「土を短期的に作り変える行為は、環境を壊すことになる。その土地にあった作物を適切な時期に育てれば、健康な野菜が育ち、虫に食われることも少ないし、雑草に負けることもない。そのうち自然と土は肥えていき、次に新しい作物が育てられる時期がくる。」じっくり観察し、あとは自然の摂理に任せるそう。
これは、先人たちが行ってきた「適地適作」の考え方。農の歴史を振り返り、化学肥料やビニールを多用する現代農業が行われる前の知恵を学ぶことで、無理をせずに無農薬・無化学肥料の栽培を実現してきました。
加えて、横田さんの場合は園芸バラの栽培で培ったノウハウを随所に取り入れていますが、「たとえ他業種から農業に参入する場合にも、別の道で磨いた技や考え方は応用できる」と横田さんは考えます。「農業は『脳業』と言い換えられるほど、頭を使う。」しっかり考えながら、独自のスタイルを築くことを提唱しています。
ミディ(中玉)トマト。横に寝かせて(這わせて)育てている畝です。茎が太く、実もぷっくりと生育しています。
同じ品種のトマト。こちらは縦に向かって這わせている畝。縦と横、どちらにトマトが伸びたいのか、比べているそう。
おいしい、たのしい、やさしいを循環する
観賞用の園芸バラから、食用ばらや野菜を作るようになり、横田さんは「おいしい、たのしい、やさしい」をコンセプトに掲げ、主にレストラン向けの出荷を行っています。
「食べるものを作るならば、まずおいしくなければだめ。美味しいものを食べるから毎日の食卓が楽しい。食べることが楽しいから、健康でいられる。それは食べる人もそうだし、作る側も同じ」と言います。
「環境や身体にやさしいからといって不味いものを食べることは逆にストレスになる。美味しさで選んでもらいたい」と。
また「作ったものはすべてくまなく使う」ということも大切にしています。無農薬・無化学肥料では、形や大きさが揃わなかったり、多少の虫食いもやむを得ない。またいつも全てを売り切れるとは限らない。そこで自社工場で小さいものや売れなかったものを加工し、保存できる商品も作っています。そのおかげでほとんどロスがなく、自信をもって売りたい価格で商品を提案できるのだと言います。
5色の食用ばらは、それぞれに甘みや酸味のバランス、香りに個性があります。
こういった考え方に共感し、横田さんのもとで農業を学ぶ研修生がいます。来年からは、それぞれに湘南地域で食用ばらと野菜の栽培に挑戦するそう。これまで横田園芸では、食用ばらの出荷ができなくなった時期もあります。彼らが独立し、チームとして協力して栽培・出荷するようになれば、お互いに補い合い、売り先との安定的な関係を築くことができます。
同じ技術や考え方をベースに、それぞれが特性を生かし、コミュニティを築いていくことがこれからの目標だそう。
湘南のおいしい食のコミュニティが、色とりどりに広がりそうです。
湘南の有機農家さんを訪ねる
海のイメージが強い湘南ですが、
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横田園芸
神奈川県平塚市城所127
ウェブサイト: https://yokota0141rose.wixsite.com/ethical
ブログ:http://blog.goo.ne.jp/yokota0141rose
ライター情報
きべちゃこ
翻訳家・ライター。海のある暮らしを求めて、2017年に都内から湘南に移住。 移住後、庭先や耕作放棄地を利用したコミュニティ農園で、畑を耕す半農生活を送っています。海や山、畑で過ごす時間を通して、心地良いと感じることがよりシンプルにクリアになってきました。 湘南の農や、自然とのふれあいを発信していきます。
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