湘南で暮らす人々

今につながる「あの夏」…、その時を問い続けることに意味がある~仏教学者・釈順正さんが見るサザン、そして湘南音楽カルチャーとは

茅ヶ崎のお寺で育ち、仏教学の研究者として活躍する釈順正さん。講話などを通してご自身の研究、先人の教えを多くの方々に伝えています。そんな順正さん、実はもう1つの顔があるのです。地元湘南の良き音楽カルチャーを今に伝えることを目的に「湘南ロックンロールセンターAGAIN」の代表としても活動されているのだとか。

順正さんの音楽への熱は相当なもので、加山雄三さん、ブレッド&バター、ザ・ワイルドワンズ、サザンオールスターズなど、世に言う“湘南サウンド”の軌跡を詳細にたどり、『ぼくらの茅ヶ崎物語 日本のポップス創世記 茅ヶ崎サウンド・ヒストリー』(シンコーミュージック、2019)という書籍まで発行しているのです。

仏教学者でありながら、音楽に対して並々ならぬ愛情を注ぎ積極的に活動をしている順正さん。順正さんは一体どのような人物なのか、そしてなぜ湘南サウンドに魅せられたのか、お話をうかがってきました。話は、音楽の中にある人生のエッセンス、そして“湘南”とはどんなものなのかということにまで広がることに…。

仏教と音楽、研究者として関わる2つの道

――順正さんは現在どのような活動をされているのですか?

本業は、浄土真宗本願寺派総合研究所の研究員です。首都圏における布教伝道・僧侶育成に関する研究などを行っています。個人では、日本思想史、浄土教史の研究、そして親鸞の生涯をたどっています。私は茅ヶ崎のお寺の息子として育ち、この道へ進みました。

――2018年に「湘南ロックンロールセンターAGAIN」を立ち上げていますが、こちらはどのようなものなのでしょうか。

この団体は、1975年にサザンオールスターズ(以下、サザン)の桑田佳祐さん、ワーナーミュージック・ジャパンで洋楽編成を務めた宮治淳一さんを中心に茅ヶ崎公園野球場の横にあった青少年会館からスタートした軽音楽サークル「湘南ロックンロールセンター」のムーブメントを復活させるために結成したものなんです。活動としては、湘南の音楽カルチャーを研究しその成果を会報誌として発表したり、そうした音楽文化を発信するイベントを開催したりしています。

  • ブレッド&バターをメインアクトに迎え、2019年に開催した湘南ロックンロールセンターAGAINの音楽イベント

人生を決定づけたサザンの茅ヶ崎ライブ

――なぜ、湘南の音楽について研究するようになったのですか?

きっかけは、サザンとの出会いです。2000年に「茅ヶ崎公園野球場」でサザンのライブが開かれた際、市民枠でチケットが当選したんです。当時、私は野球少年で音楽には興味がなかったのですが、ライブが始まった瞬間に衝撃を受けました。最初の楽曲『希望の轍』の印象的なピアノのイントロが始まった途端、その音の迫力、湧き上がる歓声がすごくて…。あれを超えるものは人生で味わえない気がします。茅ヶ崎でサザンを観たということが、私の人生を決定づけましたね(笑)。後に、いわゆる“湘南サウンド”の研究をすることになるわけですから。

  • 普段練習していた茅ヶ崎公園野球場でサザンのライブが開催されることに

  • 高い倍率の中で得たサザンライブの当選ハガキは今も宝物

常に問い続ける、その姿勢に魅了される

――順正さんは、なぜそこまでサザンに魅了されたのですか?

サザンの楽曲の良さはもちろんですが、桑田佳祐さんという人間が好きなんです。私が尊敬する人々は、年を重ねても常に問い続けている人。仏教での考えに、真如や真理と呼ばれる境地に達する「覚り(さとり)」というものがあります。多くの人はそれをゴールだと思っているかもしれません。でも、「覚り」はゴールではなくて、「覚り続ける」ことが重要だと私は考えています。桑田さんは、未だに新曲を出し続けていますよね。インタビュー等でもご自身でよくお話になっているんですが、桑田さんは決して過去の作品に満足しないんです。常に「今」を最高地点に持っていこうとされている。その姿に魅了されているんだと思います。

  • 2000年に茅ヶ崎公園野球場で開催されたサザンオールスターズのライブ。地元が一体となり、大きな盛り上がりを見せた

サザンの曲に見る「あの夏」の意味とは

――サザン・桑田さんの音楽について深く考察もされているとか。

桑田さんのつくる音楽において、歌詞に示される文字面の表面的な解釈だけでは、あくまでその一部を切り取ったに過ぎないと考えています。ただ、その心情を見ると広がっていく。桑田さんの中で事実として存在したか分からない夏が出てくるんです。それを私は「あの夏」と表現しているんですけどね。その「あの夏」は誰しもの心にあるものなんです。そして、重要なのが、この「あの夏」は過去の事象ではないということ。仏教学では「過去」「現在」「未来」という軸は存在しなくて、「今」しかない。「今」が現れては消え、現れては消えを繰り返している。これを仏教用語で「刹那消滅(せつなしょうめつ)」と言うんです。

――「あの夏」と「刹那」がどのように関係しているのでしょう。

例えば、夏に出会った女の子との思い出があり、その情景と想いによって生かされている。過去のことだけど、今に影響していますね。だから「今」ここに現れている事象なんです。桑田さんは、そのことを表現している部分もあるんじゃないかななんて思うんです。「あの時代は良かったな」で終わるのではなくて、「あの過去が今私にまさに影響を与えている、これは何か」ということを問うているのかなと。

――桑田さんの音楽を通して、仏教学を考えることもできるんですね。

そうなんです(笑)。先ほど、仏教の世界観には「今」というものしかないとお伝えしました。今、どう存在し、どう生ききるか。どうしても私たちは明日、1年後、10年後何をやろうかということを考えて生きていく生き物です。でも今この瞬間、死んでもおかしくはない、そういう命なんです。だから、今をいかにキャッチできるか、この瞬間(刹那)をどう生きるかが大切。私は桑田さんの楽曲から、こんなことを考えたりしてます。

  • 僧侶として、現代の形で人々に分かりやすく仏教の考えを伝えている順正さん

誰しもの心にある原風景、それが「湘南」

――順正さんはご著書の中で、サザンを含むいわゆる“湘南サウンド”には誰しもの心にある情景があると書かれていましたね。これはどういうことなのでしょうか。

調査をしてみたところ、どうやら1976年に発行された雑誌で“湘南サウンド”という言葉が初めて使われたようなんです。60年代に出た加山雄三さんの「君といつまでも」や「夜空の星」、ザ・ワイルドワンズの「想い出の渚」とか、そうした音楽に対して「湘南サウンドよ、もう一度」という書き方をしていたんです。これらの楽曲は、湘南の象徴として存在していて、そうした60年代に実際にあったかどうかは分からない理想の「あの夏」をもう一度というムーブメントですよね。そもそも湘南という住所はありませんからね。幻想の「あの夏」、それこそが湘南なのかなと思うんです。

――誰の心にもある支えとなるようなもの、それが「湘南」。腑に落ちた感じがします。

ちなみに、6月25日にBlu-ray / DVDが発売となった1990年の桑田さん監督作品「稲村ジェーン」も1965年が舞台。皆さんが探している「湘南」の正体は、この映画に現れていますよ!

  • 貴重な映画「稲村ジェーン」の台本と劇場宣伝用のプロマイド

  • 監督の欄には桑田佳祐の名が…

現代に合った方法で、人々に説くことが自身の役目

――なるほど、チェックしてみます(笑)。順正さんは、こうした音楽を題材にして講話もされていますね。仏教学者として枠に捕らわれない活動をしていますが、どんな想いで活動されているのですか?

私は新しいことをやっているというふうには思っていません。例えば、親鸞が伝えたことを、私が皆さんに伝える。でも親鸞の時代とは800年も違って、言葉も文化も環境も違っています。そうすると、今の時代にあった言葉で伝える必要があります。宗教家や芸術家はある意味、翻訳者なのだと思いますよ。

――その1つの方法が音楽ということなんですね。

はい。音楽で布教をしているつもりは全くないんですけど、湘南ロックンロールセンターAGAINの活動もそうしたところに通じているのかもしれません。音楽から「今」をどう生きるかという1つの考え方や価値観をお伝えすることもできますからね。身近なものとして、その考えを自分の暮らしに役立ててもらえればそれでいいと思ってるんです。

  • 湘南ロックンロールセンターAGAINでの研究をまとめた会報を年1回発行している

  • 『ぼくらの茅ヶ崎物語 日本のポップス創世記 茅ヶ崎サウンド・ヒストリー』出版イベントにて宮治淳一さんとともに湘南サウンドの魅力を発信

次なる夢は、湘南音楽カルチャーのミュージアム設立

――今後はどのような活動を考えているのですか?

7月からは鎌倉FMで宮治淳一さんがプロデューサー、そして私がメインDJを務める「湘南ロックンロールセンターRADIO」(毎週月曜22時10分~23時10分)が始まりました。ここでは、様々な方をゲストに迎えて、湘南音楽カルチャーをより深く探っていきたいと思っています。また、「湘南ロックンロールセンターAGAIN」では会員同士が語り合ったり、皆さんとともにプロジェクトを起こしたりできる、オンラインサロンなどもスタートしていきます。他にも、湘南に関する音楽等についての文献などを集めたミュージアムを作れたらと動いています。宮治さんは茅ヶ崎でミュージック・ライブラリー&カフェ「Brandin」を運営していますので、音楽はそちらで、紙の資料は私たちのミュージアムで楽しんでいただけたらいいなと。

――最後に、順正さんにとって「仏教」「音楽」とはどういうものなのでしょうか。

虚しく過ぎるはずだったこの命が、心豊かになるものといったところですかね! こんなカッコいい感じで締めてもいいですか(笑)

  • サザンの楽曲でも歌われる烏帽子岩が見える茅ヶ崎公園野球場前の歩道橋にて

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