湘南の有機農家さんを訪ねる

衣食住を丁寧に紡ぎ、心を育む。懐かしくて新しい暮らしのコミュニティ「心育」

山に囲まれた中井町を見渡す丘の上。切り開かれたばかりの土地に残る数本の木には、ミカンやゆずがたわわに実りをつけています。「ここは将来、季節の果物が獲れる果樹園になるんです」と話すのは、園主のトニーさん。今夏に息子さんと一緒に切り開いた新しい農地なのだそう。

現在、トニーさんは7つの圃場(ほじょう)を管理し、お隣の御殿場で農業を営む「自豊暮(しふく)」さんとともに、新しい取り組み「心育(こはぐ)」をはじめたばかり。今回は、その「心育」についてお話を伺いに訪れました。

“自分の食べ物を自分で作る”ための場づくり

「これから、野菜を売ることはやめようと思うんです」トニーさんは好奇心いっぱいの笑顔で語り始めます。多くの農家さんは畑を耕し、農作物を栽培し、それを売ることが主な生業ですが、そうではない農家さん、とはどういうことなのでしょう。

「現在、多くの農地は後継者不足で手放されようとしています。田畑を管理していると、ありがたいことに周りの農家さんから、自分のところの田んぼや畑も引き受けてほしい。というお声をたくさんいただきます。逆に引き受けることができないと、その土地は荒廃してしまうことが目に見えています」

肌で感じる農地継承の問題。一方で、市民農園での技術指導や、地域のマルシェ出店などから、一般の方の農や家庭菜園への関心が高まっている風潮も感じていました。

「現在、日本の食料自給率は30%ほど。農への関心は、人々が安全な食を自分たちの手で確保したい、という危機感でもあると捉えています。コロナの流行はそれに拍車をかけたのかもしれません」

そこで、野菜を売る代わりに、みんなで野菜を自給できる「場」を用意しよう、と考えるに至ったのです。“自分の食べ物を自分で作る”ための場づくりです。

衣食住を共に作るコミュニティ「心育」

心育では月会費制を取り、会員の方はいつでも自由に畑や森で耕したり、収穫をしたり、木工作業をしたり、木の下でお昼寝をしたり、ピクニックをしたり、と思い思いに過ごすことができます。気兼ねなく、何をしても、何をしなくてもいい場所、は現代ではなかなか見つけられないもの。圃場は、神奈川の茅ヶ崎・大磯・二宮・秦野・中井町と、静岡の御殿場に広がる計10拠点の自然豊かな田畑や森。

週末には各々の場所で季節ごとの野良仕事や手仕事を学びながら、みんなで一緒に作業し、森の中で森の恵みをいただくBBQやきこり体験、畑での醤油作りや蕎麦づくりなど「育て、作り、いただく」を体験できるプログラムが企画されています。また、大工仕事や糸紡ぎなどの連続講座で、より専門的な技術を習得する機会も。月1回の収穫祭では、多くの人が農に触れ、土に触れ、心を豊かにする食を味わって欲しい、と会員以外の方の参加も歓迎しています。

土地や人が持つ可能性

「農家として農業に従事するというのは、現状の日本のシステムではとても敷居が高い。数年の研修後に農家資格を得て、農地を借り、農機具を購入する。多くの時間と費用が掛かりますが、費用対効果が低く、多くの人にとって農への道が閉ざされてしまいます」トニーさんは自身の経験と重ねながら話します。

「”農業”としての型にはめてしまうと、土地や人が持っている可能性を見落としてしまうことになりかねません。昔は農地、宅地、というくくりはなく、例えば綿の栽培に向いている土地があれば綿を作り、衣服を紡いでいた。家屋の材は、森を管理している人が提供し、村のみんなで家を建てていた。衣食住は土地があれば賄うことができた。それを取り戻していけたら、多くの人が生産に関わるようになり、食の自給率も上がるのだと思います」

お金では計れない価値を

また「農には”食べ物を作る”という以上に、お金に変えがたい価値がある」と言います。それは、トニーさん自身、会社員時代を経て、農的な暮らしへと転換した時に気付いたことでした。

日本では古来から季節ごとの野良仕事、手仕事があり、家族やご近所同士の助け合いによって重労働を軽減してきた知恵がありました。それは仕事であると同時に日々の楽しみや喜びであり、人同士がつながる温もりでもあったことに気づかされます。また、ハレの日には恵みに感謝し、それをもたらす万物への祈りを捧げる行事によって、自然への気づきや感謝、生きる土地とそこで共に暮らす人々への愛着が深まるのです。昔からの知恵は今も色あせることなく心の奥に響き、人を豊かに育んでくれるものばかり。

“農”を通して得られるのは食べ物だけでなく、このように昔から地域に引き継がれてきた生きる知恵となる文化、自然の中にある万物への畏敬や感謝の気持ち、同時に人も自然の一部である、という実感。それをより多くの人が感じ、本来の生きる楽しみや喜びを分かち合いたい、という願いのもと、「心育」の活動へと踏み出したのです。

ゆくゆくは、この場で作ったものやその加工品を販売したり、ワークショップを開催したり、と会員の方も半農半Xのような暮らしが営めるようになることを目論んでいるのだとか。さらには会員制をも排除し、みんなに土地を解放できるようになることが、最終目標なのだそう。

このような活動を通して衣食住を自分の手で作ることは、「自然や他者を尊重し、調和することにもつながる」と言います。

自然の働きを観察し、人と助け合わなければ暮らしを作ることができない、というかつては当たり前であった感覚。身近なできるところから少しづつでも生きる糧を作り出すことは、そのような感覚をふたたび取り戻し、ひいては平和や持続可能性がより身近になる生き方なのかもしれません。

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