鎌倉大仏で発達障害のある子どもたちのアート展開催。「こども禅大学」代表 大竹稽さんに聞く、特性の良さを伸ばす教育とは
発達障害のある子どもたちの作品展「鎌倉アール・ブリュット展覧会」が、神奈川県鎌倉市の鎌倉大仏殿高徳院で開催されました。発達障害のある子どもたちの展覧会で、子どもたちが自由な感性で描いた、色彩豊かで生命力あふれる作品が並びました。
本展を主催する「こども禅大学」の代表、そして自らもASDのお子さんの保護者でもある大竹稽(けい)さんの新たな挑戦をご紹介します。
鎌倉大仏の境内で展覧会
秋晴れの空の下、鎌倉大仏殿高徳院の大仏像を背に「鎌倉アール・ブリュット展覧会」が開催されました。主催は、発達障害のある子どもと保護者の学びの場として活動する一般社団法人「こども禅大学」。出品したのは、大竹稽(けい)さんが関わる絵画教室や療育の場で日々制作に取り組む子どもたちです。
市内随一の観光スポットということで、ギャラリーの過半数は外国人観光客です。
写真を撮る人、アンケートを書く人、ベンチで休みがてら鑑賞する人など、楽しみ方もさまざま。シンガポールから観光に来ていた男性は「誰にでも強みはある。子どもたちに表現活動をさせるコンセプトが素晴らしいね」と展覧会の趣旨に共感した様子でした。

作品名「光と暗闇」 抽象画が好きと話すオーストラリアから来た男性は「暗い色使いで、混沌としているところがいい」と、すっかり気に入った様子

作品名「月」 ”大仏のように穏やかな気分にさせてくれる”とアンケートに書かれた作品。月のモチーフは世界共通で人気のよう
アール・ブリュット(生の芸術)とは、20世紀にフランスの画家ジャン・デュビュッフェが提唱した概念です。既存の美術教育や流行の影響を受けない、美術分野以外の作り手による作品を指し、現在はスイスのローザンヌ市にデュビュッフェが調査・収集した作品が寄贈されています。国内では滋賀県立美術館が731点のアール・ブリュット作品を所蔵しています。
*アール・ブリュットの作家には、障害の有無に限らず様々な人が含まれます。
滋賀県立美術館学芸員の山田創さんはアール・ブリュットについて「アール・ブリュットの概念は美術だと思われていなかった作品や、美術家だと思われていない作り手を美術の文脈で語ることを可能にします。広く『人間がつくること』について射程を広げて問いかけ、様々な気付きをもたらしてくれます」と話してくださいました。

世界各国からの訪日客から寄せられた感想。「とてもクリエイティブな作品に、喜びで満たされました。様々な形や造形の配置、そして色彩の組み合わせが気に入りました」
東大大学院で学び哲学者に
本展の主催団体「子ども禅大学」の代表、大竹稽さんは東京大学大学院でフランス哲学を専攻。博士課程在学中から執筆活動を開始し、これまでに哲学や教育などの分野で23冊の著書を出版している哲学者です。
「昨年(2024年)に長女が自閉症スペクトラム症(ASD)の診断を受けました。これが私にとって大きな転機となります」
生きづらさを抱えていた自分の子ども時代と重なるものを感じ、これまでの半生、そして娘の存在というすべての点が一つの線につながったといいます。
その思いから、すぐに「こども禅大学」を設立。発達障害のある子どもと保護者がともに学び、対話を重ねる場づくりに取り組み始めます。今年(2025年)からは、保護者向けの「ママパパ座禅会」や、一般向けの対話の場「思考塾」、そして子どもたちのための作文教室「作文堂」など、活動の幅を広げています。

「子ども禅大学」代表 大竹稽さん

作品名「Spider」 大竹さんのお嬢さんの作品
<発達障害とは>
厚生労働省のホームページに定義が掲載されています。診断は複雑で予後には誤解も多く、正しい理解が不可欠です。
“発達障害者支援法において、「発達障害」は「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能障害であってその症状が通常低年齢において発現するもの」と定義されています。”(発達障害ってどんな障害?)
“発達障害は「先天的なハンディキャップなので、ずっと発達しない」のではなく、発達のしかたに生まれつき凸凹がある障害です。”(障害の予後についての誤解)
-厚生労働省政策レポート「発達障害の理解のために」より引用
新しい時代に適応する教育を今から始めたい
「行政の対応を待つ余裕はないんです」と語る大竹さん。
お嬢さんが高校生になるまであと11年。その頃にはAIの進化によって、何でもできる人材よりも、特定の才能に特化した人材が求められるようになるはずと言います。
「万遍なくいろいろな事ができるより、得意な事がはっきりしているほうがこれからの時代必要。それには、その子がどういう特性を持っているのかを見つけていくことが大切です」。
ただし、得意なことだけをやればいいわけではありませんと大竹さん。
「ペースが遅れているだけで必ず学力は伸びていく。勉強は続ける前提です」とのこと。
特に全員で一斉に同じカリキュラムで学ぶ履修主義には独自の見解を持っています。
「カリキュラムは目安でしかない。僕は発達障害だけじゃなくて、一般の子も含めて教育を変えていく必要があると考えています」。
確かに、自分のペースで学べると助かる子は多いかもしれません。
新しい時代に適応する教育を今から始めたいという大竹さんの言葉には「我が子が社会で受け入れられるように育てたい」という、保護者の普遍的な願いが込められています。

作品名「かぼちゃ」

作品名「ダサいのではない これが自分なのだ」
人生には障害と不安が常在するもの
大竹さんに、「生きやすさとは何でしょうか」という質問をぶつけてみたところ、意外にも「生きやすさというものはありません」という答えが返ってきました。
“人生には障害と不安が常在するもの。未来も常に障害と不安の先にあるもの。“
誰しも生きる上で制約は付きものです。自らの問題にどのように向き合い、乗り越えるのか。大竹さんの言葉は、私たち全員が直面する人生の課題を指しているように思えます。
大竹さんはこうも言います。
「現代は効率利便の名の下に、多くの都会人が名無し顔無しに陥ってしまっています」。
個性が見えない「名無し顔無し」から脱却し、個人の良さを認め育てる社会にシフトした時、救われるのは発達障害のある子だけではないかもしれません。そして、大竹さんの考える「独自性が今よりも価値を持つ社会」では、自分とは何かを問う哲学と、自らの特性を知り磨く教育が有効なようです。
「哲学」と「特性」。AIで変革する時代を生き抜くユニークな突破口を二つ、教えていただきました。
ライター情報
浜野タコ
鎌倉在住。広告会社アシスタント、雑誌編集を経て現在はフリーランスのライター。飲食店やイベント、アート展など幅広く取材しています。湘南の個性的な人々を取材・紹介するのが生きがい。趣味は料理とピアノです。