クック諸島と鎌倉、二つの暮らしを見つめて──竹沢うるま写真展 On The Shore ~波の音が生まれる場所 ~
世界各地を旅し、人と風景が交わる瞬間を見つめてきた写真家・竹沢うるまさん。鎌倉を拠点にしながら、時にクック諸島で暮らし、日常と旅の境界をゆるやかにつないで作品を撮り続けてきた。
今回の展示「On The Shore ~波の音が生まれる場所 ~」には、そんな彼が“撮ろうとして撮った写真”ではなく、ふと心が動いた瞬間に残した、二つの土地の「日常」が静かに並ぶ。
生活に根ざしたリアリティと、世界を見つめるまなざし。
その奥にある、竹沢さん自身の“中心”へと近づいていく。
On The Shore──海辺の二つの暮らしから生まれた日常
今回の展示には、竹沢さんが 長く暮らした二つの場所の「日常」 が並ぶ。
ひとつは、2016年から2019年にかけて一年の半分ほど生活していたクック諸島・ラロトンガ島。
もうひとつは、20年以上暮らし続けてきた鎌倉で、2020年から2025年のあいだに撮影された日常の風景だ。
竹沢さんは、自身について「基本的に、暮らしている場所では写真を撮れない」と語る。
慣れ親しみすぎた環境では、写真を撮ろうという意識そのものが湧かなくなるため、普段の活動は“どこかへ行き、テーマを設けて撮る”ことが中心だったという。
しかし今回の展示に並ぶのは、そうした“テーマのために撮る写真”ではない。
生活の中の、ごく自然な時間の流れの中で、ふとシャッターを押した写真たちだ。
「撮ろうと思っていない時に撮った写真」という言葉に象徴されるように、日々の暮らしの無意識の瞬間がそのまま写り込んでいる。
クック諸島と鎌倉。
地理的には遠く離れた二つの土地だが、どちらも“暮らした場所”であり、どちらも“海のそば”という共通項を持つ。
その重なる要素を踏まえて、展示タイトルは 「On The Shore」 と名付けられた。
テーマを構えて臨んだ作品ではなく、「普段撮らないはずの日常」を並べて見せる展示。
二つの暮らしの断片が、静かに隣り合う構成となっている。
鎌倉を歩きはじめて気づいた、“暮らす”という感覚
竹沢さんが鎌倉で暮らし始めたのは、2004年。
大阪で生まれ、出版社のカメラマンとして働いていた時期に横浜で数年生活し、そこで“湘南に暮らす人たち”の存在を身近に感じたことが、鎌倉へ移るきっかけになったという。
「当時勤めていた出版社が横浜にあったんですけど、スタッフの多くが藤沢とか茅ヶ崎に住んでいたんですよね。サーフィン雑誌も作っている会社だったので、みんな普通に海の近くに暮らしていて……」
独立を機に横浜に住む必然性がなくなると、生活の拠点を鎌倉へ移すことに決める。
最初は稲村ヶ崎、その後の3年半ほどは日本を離れた生活を送り、帰国後は極楽寺へ。
「極楽寺にはもう12年いますけど、その間も一年の半分以上は海外にいたんですよね。だからもう、“ここに住んでるのか住んでないのか、自分でもよく分からない”って感じでした」
大きな変化が訪れたのはコロナ禍だった。
長年行き来していたクック諸島に渡れなくなり、奥様は現地に、竹沢さんは鎌倉に――という生活が一年続いた。
移動の制限は、必然的に“鎌倉を歩く時間”を生み出した。
「この頃、はじめて鎌倉をちゃんと歩くようになったんだと思います。いいところがたくさんあるんだな、と今更ながら気づきました」
それからの5年は、撮影で各地を訪れながらも、帰ってくるたびに鎌倉を歩いた。
コロナが明けて奥様がクック諸島から戻ってきてからは、二人で散歩する時間も増えたという。
「やっとこの5年で、鎌倉という土地を“楽しむ”ようになった気がします。住んでいるんだなという実感が、ようやく出てきたというか」
向こうからやってくる瞬間を撮る──クック諸島での日常
「クック諸島で写真を撮る感覚は、基本的に鎌倉と同じなんですよね。暮らしている場所で、距離感の近いところで撮る、そういったところではまったく変わらないです」
島での生活は、家族やコミュニティとのつながりの中にあった。
「誰かの誕生日パーティーに呼ばれたらカメラを持っていって、その場でちょっと撮ったり。娘が向こうのダンスグループに入っていたので、送り迎えのついでに撮ったり。テ・マエヴァ・ヌイっていう国を挙げてのダンスイベントがあって、そういう時にも撮りました」
住んでいた家は、ラロトンガ島のマタベラ。
東側の海に面した場所で、日々の天気の移り変わりがダイレクトに届いた。
「庭の向こうがそのままビーチで、ヤシの木があって。東風のときは特に、海から天気が一気に広がってくるんです。雨が降ったり、虹が出たり、晴れたり、星が見えたり……そういう“瞬間”にふとカメラを出して撮っていました」
意識して撮るというより、自然の流れの中で“やってくる”ものに反応するような撮り方だったという。
「今回の写真って、自分でテーマを立てて“撮りに行く”ものじゃないんです。思考で自分の行動を括ることもしていない。どちらかというと、向こうから出来事がやってきて、気づいたら撮っていた……そんな感じでしたね」
クック諸島と鎌倉──異なる気候、同じ“海との距離感”
クック諸島と鎌倉。
二つの土地で暮らした竹沢さんは、その違いと共通点をとても明確に感じている。
まず大きく異なるのは、やはり“気候”だという。
クック諸島は南緯18〜20度に位置し、冬でも14度ほど、夏でも30度に届かないという穏やかな気候。
「クーラーもいらないんです。過ごしやすくて、扇風機もあまり使わないくらい」と竹沢さんは話す。
東側の海に面したマタベラの家では、天気の移り変わりがダイレクトに届き、雨や虹、星空といった自然の表情が日常の中にあった。
一方で、共通している部分も多い。
特に印象的なのは、人々の“海との距離感”だ。
「鎌倉でもクック諸島でも、暇さえあればみんな海を眺めている印象です。散歩したり、ただ海を見ていたり……その感じは本当に変わらないですね」
さらに、クック諸島の社会的な成り立ちも興味深い。
15の島々からなるクック諸島は、ニュージーランドと非常に密接な関係を持つ“特異な場所”でもある。
国として日本とは国交がある一方で、国連には加盟しておらず、別の国から見るとニュージーランドの一部とみなされることもある。
「クック諸島って国でもあり国でもないんですよ。多くの人がニュージーランドで暮らした経験があって、市民権も同じ。教育も医療も、ほぼ同じ水準を受けられるんです」
南国らしい緩やかな時間が流れているが、実際にはニュージーランド由来の生活基盤がしっかり存在している。
その“良いバランス”が、暮らす場所としての魅力につながっていると竹沢さんは感じている。
世界の中心はどこにあるのか──その問いの先に見えたもの
竹沢さんにとって“写真を撮る”という行為は、長い間「自分の存在証明」に近いものだった。
シャッターを押すのは、自分が何かを強く感じた瞬間。その感覚は自分の内側にしか生まれない。
だからこそ、それをビジュアルとして残しておくことに意味があった、と振り返る。
「自分が感じたことって、そのままにしておくと消えて流れていくんですよね。でも写真として残れば、“確かにそこで自分が何かを感じていた”という事実になる。それが存在証明だと思っていました」
しかし、この考え方は近年、少しずつ変わってきたという。
竹沢さんは、その核心が“アイデンティティ”にあると語る。
世界をめぐり、異なる文化や宗教、価値観を持つ人々に出会いながら写真を撮り続けてきた経験を振り返ると、最後に残るのは「自分とは何か」という問いだった。
「旅をして、いろんな人や文化に触れてきて……結局、自分と相手を隔てているものって何なんだろう、とずっと考えていた気がします。僕は日本語を話して鎌倉で暮らしているけれど、別の土地の人たちは全く違う背景で生きている。その境界はどこにあるのか。アイデンティティってどう形成されるのか。それを知りたいという気持ちが、写真を撮る行為にずっとつながっているのかもしれません」
一方で、作品を通して何かを“伝えたい”という思いはあるものの、竹沢さんはその解釈を強く押しつけたいとは考えていない。
むしろ写真の意味をどう受け取るかは、受け手に委ねたいと考えている。
「見た人が、自分の感じたように受け取ってくれればいい。僕が心を動かされて撮った写真を見て、その人の心がどう動くかは自由でいいんじゃないかな、と。ただ、その感情の“受け渡し”がどこかで起これば嬉しいですね」
“人間”を撮りたい──中心と境界をめぐる新たな視線
今、竹沢さんが最も撮りたいのは「人間」だという。
4年前に開催した個展「Boundary|境界」、そして次に控える新作シリーズ「Boundary|中心」。
どちらの展示にも共通しているのは、“人はそれぞれ自分の中心を持っている”という考えだ。
「Boundary|中心」では、人物を大きく演出したり、強い作家性を押し出したりしない。
むしろ、あらゆる意図を削ぎ落とし、極めてシンプルな方法で人に向き合うという。
「ただそこに立ってもらい、正面からカメラを見る。そのまっすぐな姿を、そのまま撮るだけなんです」
人間は誰しも自分の中心を持つ。
同時に、相手にもその人自身の中心がある。
この「二つの中心」を起点に考えると、価値観の衝突や“境界”が生まれるのは当然だ。
しかし、互いに「相手にも中心がある」と理解できれば、境界そのものは薄れていく――竹沢さんはそう考えている。
前作「Boundary|境界」では、大地の視点から人間社会の境界が消えていくイメージを構成した。
今回はさらに、人と人の間にある境界そのものに向き合い、「多様な中心が並列に存在する世界」を表現したいという。
「SNSでも、国と国の関係でも、“自分の中心こそが正しい”という考え方がすごく強くなっています。でも、自分に中心があるなら、相手にも必ず中心がある。そこへの理解が少しでもあれば、境界はもっと緩やかになるはずなんです」
竹沢さんは世界中を旅し、消えていく伝統や文化、人々の価値観に触れてきた。
その多くが“大きな中心”に飲み込まれていく現実を目の当たりにしてきたからこそ、多様な中心を尊重する視点を持ち続けたいと語る。
「今の自分の目で、もう一度いろんな人たちに会いたい。これまで何度も会ってきたけれど、“中心”という考えに至った今の自分なら、また違うものが見える気がするんです」
クック諸島でも、鎌倉でも──
暮らしの中でふと手が伸びる瞬間を写し取りながら、竹沢さんはずっと「人とは何か」「自分とは誰か」という問いのそばに立ち続けてきた。
境界をつくるのも、境界を消していくのも人間であり、その中心にある“揺らぎ”のようなものを、写真はそっとすくい上げる。
今回の展示に並ぶのは、旅でもテーマでもなく、生活のリズムの中で自然にこぼれ落ちた日常の断片たちだ。
それらは遠く離れた二つの土地から集められながらも、静かに隣り合い、一つの世界を形づくっている。
写真が何を語るかは、見る人の心に委ねられている。
けれど、そこに宿る小さな揺らぎを受け取ったとき、私たちは誰かの“中心”と触れ合うことになるのかもしれない。
竹沢うるま写真展 On The Shore ~波の音が生まれる場所 ~
神奈川県鎌倉市長谷3−12−11つたやビル三階
[日程]
2025年12月15日(月) ~ 2026年1月18日(日)
休館日 :12/22 12/23 12/29 ~ 1/6 1/13
[時間]
13:00 ~ 18:00
[会場]
鎌倉・長谷 OFF SESSiON + 海と本
https://offsession.jp/#site-content
https://umi-to-hon.jp/
[入場料]
無料
[主催]
写真編集研究所
https://patokyo.com/ja
[お問い合わせ]
写真編集研究所 伊藤
電話:090−4174−9424
メール:ito@patokyo.com
[ウェブサイト]
https://fineprint.photo/exhibitions/uruma-takezawa/
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トークイベントのご案内
写真展の期間中、鎌倉・由比ヶ浜通りのバー THE BANK と御成通りの RESTAURANT KIBIYA において、トークイベントを開催します。詳しくは以下のイベントご案内ページをご覧ください。
https://fineprint.photo/ja/exhibitions/uruma-takezawa/on-the-shore-talk-events/
ライター情報
SHONAN garden 編集部
海、山に囲まれた日本有数のリゾート・湘南。この地で送るスローライフをより深く、より身近に。地元ならではの目線からあらゆるスポット・イベントなどの情報をみなさまへとお届けいたします。







