湘南を舞台にした小説で、お家時間を楽しむ 〜実力派女性作家が描く2冊を紹介

新型コロナウイルスによる外出自粛ムードも一区切り(?)、と思えば梅雨時期が近くなり、結局お家で過ごす時間が増えたままという方も多いのではないでしょうか。お家時間を過ごす方法として、あらためて読書が見直されています。

そこで今回は、お家で湘南を感じていただこうと、実力派の女性作家が描く湘南が舞台として登場する小説を2冊紹介します。舞台となったエリアの風景と共に紹介しますので、存分に外出ができるようになった際は、小説の場面を思い浮かべながらの湘南散歩などいかがでしょうか。

「黄色い目の魚」佐藤多佳子著/新潮社、新潮文庫

2002年に出版された作品で、第16回山本周五郎賞候補にもなっています。著者の佐藤多佳子さんはもともと児童文学から出発されましたが、現在では一般文芸からファンタジーまで幅広く手がけられています。

  • 左は単行本版、右は文庫版

10年近く会っていなかった父と再会してから絵を描くようになった「木島悟」。何かと怒ってばかりで周囲とうまくできず、イラストレーターの叔父・木幡通にだけに心を開いている「村田みのり」。海沿いの高校で、二人は同級生として出会います。ある日、美術の授業でみのりを描くことになった悟。悟はみのりのことがうまく描けず、それ以来みのりのことを目で追うように….。

二人は絵を通じて、互いを気にするようになっていきます。絵を描く少年と絵を描かれる少女との、友情とも恋愛とも違う思春期のもどかしさをとらえた、とても繊細な青春の物語です。

村田みのりは藤沢に住んでいて父は藤沢市役所勤め、木島悟は父の死後に母の実家がある葉山に引っ越してくるという設定。みのりが足繁く通う叔父のアトリエは大磯にあり、後に極楽寺に移転。葉山の森戸海岸は、悟がみのりと歩いたり、そこで絵を描くなど度々登場。悟が仲間とよく行くカフェは長谷、物語の最終章にいたってはタイトルが「七里ヶ浜」と、湘南の様々な場所が舞台として登場しています。

  • 村田みのりは叔父の通とたびたび大磯の海岸へ

  • 木島悟は葉山に住んでおり、森戸海岸が繰り返し登場する

  • みのりは、通が極楽寺に引っ越した後もアトリエに通う

  • 物語の最終章で、みのりは悟を七里ヶ浜に呼び出す

木島悟と村田みのりが交互に語り手となる連作形式の作品ですが、もともとは独立した短編として書かれ、十年の歳月を経て書き継がれて完成した作品です。一編ごとに作風が異なり、各々のエピソードを丁寧に積み重ねるように進んでいきます。年月を経たことによる作風の変化が、かえって主人公たちの成長をあらわしているようで、物語自体の味わいにもつながっている作品となっています。

「ジャンピング・ベイビー」野中柊著/新潮社、新潮文庫

2003年に出版された作品で、第16回三島賞候補にもなっています。著者の野中柊さんはニューヨーク在住中に作家デビュー、帰国後は逗子に住んでいた時期もあり、70年代の逗子を舞台にした「小春日和」という作品も書かれています。

  • 左は単行本版、右は文庫版

ある日曜日の午後、「鹿の子(カノコ)」は江ノ電の鎌倉駅改札で三年前に別れたアメリカ人の夫「ウィリー」と待ち合わせます。目的は、二人が結婚当時に飼っていた愛猫のお墓参りに腰越へ行くため。共に今は新たなパートナーがいるけど、どちらもあまりうまくいっていない様子。混み合う江ノ電に揺られながら、かつての逗子での暮らし、海外での新婚生活、愛猫との出会いなど、二人にほろ苦くも懐かしい思い出がよみがえってきます。

混み合う江ノ電の車内、海沿いに差し掛かる際に乗客の表情が変わる瞬間、稲村ガ崎でようやく座れてほっと一息など、二人の会話や回想の合間合間に、湘南ならではの情景が印象的に切り取られています。

  • 鹿の子は、ウィリーと鎌倉駅で待ち合わせる

  • 二人は、かつて逗子海岸の近くに住んでいた

  • 亡き愛猫のお墓参りで腰越へ

  • 鎌倉へと戻り、二人は御成通りにあるお店へ入る

主人公の二人は、結婚時代は逗子に住んでいたという設定。同じく逗子に住み、アメリカ人の夫との結婚・離婚を経験した著者の、私小説的な物語なのかもしれません。

半日の出来事での合間合間に回想される場面では、愛猫を看取った瞬間、睡眠薬に頼った日々、再婚後に精神安定剤を処方されるなど、少々重い内容もでてきますが、主人公にユーモアがあり、元夫とのやりとりではコミカルさえも漂うような軽快な文体で書かれていて、生きることを肯定的に捉えている、どこか救いを感じられる作品となっています。

2作品とも、おしゃれな雰囲気の演出として湘南を利用した感じではなく、湘南のさりげない風景が登場人物の心情と相まって描写されています。読了後に小説の中の情景を思い浮かべながら出かけてみると、また少し違った感じで湘南の景色が見えてくるかもしれません。

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